ー1ー
初秋の町をひとりの少年が歩いていた。
ぼさぼさ黒髪、太肉中背の身体を学生服で包み。肩から鞄を下げた姿でのそのそと歩いている。
時刻は夕暮れ。太陽はとうに建物の影に沈み、かすかな赤光を残すだけで、弱々しい街灯がかろうじて照らす夕闇の道を独りで歩いていた。
(逢魔時、か)
そんな言葉が少年の脳裏をよぎる。
それは昼と夜の境の時刻を表す古い言葉。大禍時とも言われ、何か良くないことが起こると伝えられている。
不意に涼しげな秋の空気を割いて生暖かい風が吹く。
身体にまとわりつくような感じに少年がわずかに顔をしかめた次の瞬間、目の前にいきなりひとりの少女が現れた。
長く黒い髪で顔の大半が隠れ、白いワンピース姿、裸足の足元はふわりと宙に浮いていた。
それは少女の霊であった。
少女の霊はニヤリと笑い、ゆっくりとした動作で両腕をあげ、目の前の少年に覆い被さろうとする。
だが、少年は、太った体型に似合わない動きでそそくさとソレをかわすと、振り向きもせずにスタスタと小走り気味に立ち去ろうとした。
『えっ? ちょっ、ちょっと待ちなさいよ!』
少年の予想外の行動に少女の霊は声を荒げ、こんもりとしたおにぎりのような背中を追いかけた。
少女の霊は、上から糸で吊ったかのように、すぃーっと宙を飛びつつ追いかけ、前を小走りに行く少年に声を掛け続ける。
『ねえ! ちょっと!
聞こえてんでしょ?』
しかし、いくら声を掛けても少年は反応すら見せず、ひたすらスタスタスタスタ歩みを進めるだけだった。
そうこうしているうちに、少年は、古びた二階建てのアパートにたどり着くと簡素な鉄製の階段をカンカンカンと音を立てて上がると、二階の奥のドアのノブに鍵を差し込んで開け、素早く部屋に入り、バタンッと音を立ててドアを閉じてしまった。
『逃げようたってそうはいかないわよ!』
荒立てた声とともに少女の霊は壁をすり抜け、室内に侵入した。