46.標樹の下で
ここは北斗苑、標樹の根元である。
金色の龍が標樹を囲むようにとぐろを巻いて眠っている。そのツノには薄紅色のアゲハ蝶が止まっているのだが、気がつかないようだ。
金龍のとぐろの中にはキリルがおり、キリルの膝にはアンゲリーナがいた。そしてアンゲリーナに寄り添うようにリュウホが寝転がっている。
リュウホの手はアンゲリーナをフミフミしている。きっと良い夢を見ているのだろう。
みんなすやすやと眠っている。
子どもたちがまどろむ姿を見て、フェイロンは微笑んだ。
自分にはなかった幸せな子ども時代。こんなに無防備に子どもが眠るのが不思議でならない。
こんな日がずっと続けばいい。
フェイロンはそう願い、皇帝としてそうせねばならないと思った。
アンゲリーナが玉女になり、天帝廟の北辰を取り戻したことで、天帝教の道士達は、フェイロンの治世を認め協力的になった。また、他国の血が混じる皇子皇女に否定的だった貴族達も、考えを改めた。
華蓋の人々もアンゲリーナには好意的だ。
フェイロンの恐怖政治で萎縮していた紫微城に新しい風が吹き始めていた。
アンゲリーナにはずいぶんと助けられている。
フェイロンは感謝しても仕切れない。理論と力だけで推し進める政治では、これから先難しくなることが予想されていた。そこへアンゲリーナが現れて、方向変換のきっかけになった。
アンゲリーナたちの作った幸せそうな空間をうらやましく思いながら、フェイロンは静かに引き返そうとした。
声をかけたら、あの幸せな空間が消えてしまいそうだ。
その場に自分が入れないことに、一抹の寂しさを感じながら、それは当然だと思った。それを望む資格はないとフェイロンは思っていた。
「とうたま?」
アンゲリーナの声に驚いてフェイロンは振り向いた。
アンゲリーナはキリルの腕の中からフェイロンに向かって手を広げた。フェイロンの背中がもの寂しげに見えたのだ。
「とうたま、だっこ」
アンゲリーナの一言で、フェイロンは唇を噛んだ。
熱い何かが胸からこみ上げてきて、顔が自然に緩んでしまう。
フェイロンは急ぎアンゲリーナの元へ近づいた。
慌てすぎてリュウホの尾を踏んだ。
「痛い!! 何すんだ!!」
リュウホは、人型にならなくても人語を伝えられるようになっていた。
怒鳴るリュウホを無視して、フェイロンはアンゲリーナを抱き上げた。
「リーナ」
フェイロンは優しく声をかけ、乱れたアンゲリーナの髪を整えてやる。フワフワとしてつかみ所のないピンク色のくせ毛を耳にかけた。
アンゲリーナはふと、龍の背中で見たフェイロンの傷を思い出す。逆鱗を剥がそうとしたかのような左耳の傷だ。
逆鱗は他人が悪意を持って傷つけることはできない。龍の怒りに触れるからだ。フェイロンの傷は自分で剥がそうとした証しだった。
父様の子ども時代も苦しかったのかな。だとしたら、私と一緒。
アンゲリーナは思う。
今くらいは休んで欲しいな。
「とうたまもお昼寝、しよ?」
アンゲリーナは眠たげに目をこすった。
フェイロンは戸惑って金龍を見る。金龍は目をつむったまま、とぐろを緩めてフェイロンの入る場所を作ってやる。
フェイロンはアンゲリーナを抱いたままキリルの横に腰掛けた。
リュウホがアンゲリーナに額をつける。自然とフェイロンにリュウホの顎が乗ることになる。
アンゲリーナのぬくもりと、キリルのぬくもり、そして炎虎の温かさに、フェイロンは胸を開いてくつろいだ。
リュウホのお腹がフワフワと気持ちよさそうに揺れている。
薄紅色のアゲハ蝶がフェイロンの剣に止まった。
蝶は死者の魂が宿ると言ったな。お前も来たのか?
フェイロンは亡き妻の気配を感じて満たされ、微笑んだ。
剣にはまだ、アンゲリーナが作った天使の守護印が結ばれていた。
おしまい
これにて完結となります。
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