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44.命名の試練 2


 赤い壁には上に向かって登れるように溝が掘られていた。アンゲリーナはそれをよじ登った。きっと五歳児向けに作られた溝なのだろう。アンゲリーナには少し大変だ。しかし、無理してよじ登る。

 段々と光が見えてきた。天井に丸く穴が空いている。アンゲリーナはひょこりと顔を出す。そこには一面の草原が広がっていた。


「気持ちいい!」


 サヤサヤと夏草を揺らす風の中で、アンゲリーナは大きく息を吸った。風が乾燥している。金龍はクルリとアンゲリーナの周りを回る。

 空の高いところを赤い大きな鳥が旋回している。朱雀だ。

 アンゲリーナは目を見張った。そして、葛籠箪笥から飛び立った鳳凰を思い出した。


 あの鳳凰は未練から解き放たれ、大空を自由に飛んでいるだろうか。

 しかし、この朱雀は。 


「何かを探しているみたい」


 アンゲリーナは呟き、草原を見る。草原にはポツポツと草が倒れている場所があった。

 一番近くの草が倒れている場所を覗いてみる。そこには鳥の巣があり、卵が数個転がっていた。白く綺麗な卵だ。

 他の場所を覗いてみる。他の場所にも鳥の巣があり、卵が入っている。緑やら、まだらやら、大きいものから小さいものまで様々だ。


「いろんな鳥が住んでるのね」


 そしてひときわ大きな鳥の巣を見つけた。しかし、この巣に卵はなく、赤い長い羽根だけが残されていた。きっと朱雀の巣なのだろう。


「朱雀は卵を探しているの?」


 その巣から、一筋の獣道ができていた。アンゲリーナはその道をたどる。すると、大きな狼のような獣が倒れていた。焼け死んでいるようだ。その隣には赤い大きな卵が転がっていた。朱雀の卵だ。

 

 アンゲリーナは獣を覆うように草をかけた。

 そして卵に触れる。


「っあつ!!」


 卵はゆでたての卵のように熱い。


「これで中身は大丈夫なの?」


 アンゲリーナは疑問に思いながら、羽織っていた着物を一枚脱いだ。そして、そこへ魔法文字を描く。防火と防熱の魔法だ。そうしてその赤くて大きな卵を着物で包み抱き上げた。


「おもったより重いのね」


 うんしょ、うんしょと卵を運ぶ。朱雀の巣に卵を戻し、アンゲリーナは自分の手にフウフウと息をかけた。防火防熱の魔法をかけたが、三歳児の皮膚は薄い。うっすらと赤くなってしまった。

 コツコツと卵の中から殻を破る音が聞こえてくる。


「いきてる、うまれりゅの?」


 アンゲリーナはジッと卵を見つめた。小さなひびが入って、嘴が少しだけ見えた。でもなかなか殻が割れないようだ。 


「がんばれ! がんばれ!」


 アンゲリーナは思わず応援する。すると卵が割れて中から雛が顔を出した。つぶらな真っ黒な瞳、まだ羽の生えそろわないピンク色の雛である。


「え? こんなによわよわしくて、だいじょぶ?」


 アンゲリーナは不安になる。これでは違う動物に襲われてしまいそうだ。


「パパとママは?」


 アンゲリーナの言葉に、雛は小首をかしげ「あなたでしょ?」とでも言わんばかりに「ピ」と鳴いた。


「わたし?」


 アンゲリーナが戸惑い自分を指さす。雛はコクリと頷いた。

 そのとき、上空から朱雀が急降下してきた。

 親は自分だと主張するように、アンゲリーナの襟首を前足で掴むと大空へ舞い上がる。


「え!? うそ!!」


 動揺するアンゲリーナを尻目に、川の上まで来ると前足を離した。

 アンゲリーナは川に向かって真っ逆さまだ。


「きゃぁぁぁぁ!!」


 ボチャンと川に落ちるアンゲリーナ。川は深く、川底が見えない。ゴボゴボと息を吐きながら、アンゲリーナは沈んでいく。


 第三の試練、失敗……したのかな……。


 アンゲリーナは沈みながら、水面を見ていた。


 このまま、死んじゃうのかな。


 アンゲリーナは思う。ループを繰り返し、どうせ非業の死を遂げるなら、早く楽になりたいと思ったこともあった。


 でも、いまは。


 脳裏にリュウホが浮かぶ。兄や父の顔も浮かぶ。そして、鳳凰が水面越しの空の上を横切ったように見えた。


 死にたくない!!


 ゴボリ、泡がアンゲリーナの口から漏れた。


 背中にドンと何かがぶつかる。驚いて振り返れば緑の門があった。

 アンゲリーナは縋るような思いで緑の門を叩く。

 門が開かれ、アンゲリーナはその門をくぐった。

 そこには水がなく、息ができる。


 アンゲリーナはホッとして大きく深呼吸をした。気がつけば、赤くなった手のひらもすっかり痛みが引いている。


 梅の花が香ってくる。まるで春のように穏やかだ。


 炊きたての米と壺が置いてあり、一枚の紙が置かれていた。

 アンゲリーナはその文字を読む。達筆すぎて解読できず、木札を通して文字を読んだ。


『醸せ』


 そう書いてある。

 アンゲリーナは思い出した。有職故実の本の中で、古来神殿に捧げる酒は『口噛み酒』だったと書いてあった。巫女たちが口噛み酒を作っていたのだ。


 アンゲリーナは米を口に含むと咀嚼して、壺へ吐き出した。米がすべてなくなるまで繰り返す。口が痛くなってくる。

 すべての米を噛み終わると、壺に蓋をした。


 これで正解なのかしら? お酒になるには時間がかかるはずだけど……。違う方法があったのかな。


 アンゲリーナは不安に思う。これはきっと第四の試練だ。


 するとそこに青龍が現れた。グルリと壺の周りにとぐろを巻く。そして、マジマジとアンゲリーナを見やった。アンゲリーナに巻き付く金龍を見て、驚いたように目をしばたかせる。そして二体の龍は笑い合った。


「久しいな」

「久しいの」


 青龍は金龍に酒の入ったひょうたんを手渡した。

 

「最後の試練にゆくが良い」


 青龍がそう言うと、青龍の後ろに黒い門が現れた。


 アンゲリーナはその門をくぐる。小さな丘に向かって、つづら折りの山道になっていた。息を切らして山道を登り、丘の頂上へ着く。

 そこには玄武が眠そうな顔をして地面にある小さな池を覗いていた。

 

「大切なものを落としてしまってね。すくってくれないかい」

「何を落とされたのでしょう?」

「それがわからないのだよ」


 玄武はそう答えた。


 池の前には、金のザルと、金の箸、金の柄杓がある。

 アンゲリーナは水面を覗いた。

 キラキラと星のような氷の欠片が浮いている。すべて同じように見えて、大切なものが何かわからない。


 本来の試練では、玄武の口に黒い石を入れると、逆鱗に交換されるのだ。

 しかし、アンゲリーナはすでに逆鱗を持っているため、方法が違うらしい。


「良い酒をもらったのだ、一献どうだ?」

「それは良きかな」


 金龍はご機嫌な様子で、青龍からもらった酒を玄武に勧め、飲み始めた。

 

 自分で考えなくちゃ。


 ジッと水面を見ていて気がつく。氷の欠片は水面が揺れても動かない。そして、この動かない点の配置は見たことがあった。

 

 葛籠箪笥の鍵と同じ模様。北の空の星だ!!


「ひとつお伺いしてもいいですか?」

「かまわぬよ」

「大切なものはひとつですか」

「ああ、ひとつじゃ」


 金の柄杓は七つ星を表しているのね。大切なものは一つだから、きっと北極星。


 アンゲリーナは金の柄杓を取った。そして、氷の欠片をひとつ、ふたつと数える。七つ目の氷の欠片を数え終わり、ジッと目を凝らす。そして、たったひとつの氷の欠片を拾い上げた。


「お探しのものはこれでしょうか」


 金の柄杓で掬った氷の欠片を玄武に見せる。玄武は満足げに頷いた。


「そうじゃ、これじゃ。北辰じゃ。逆鱗の代わりにそれを与えよう」


 ドンと、アンゲリーナの目の前に黒い漆塗りの扉が落ちてきた。

 アンゲリーナがその扉を開くと、そこは天帝廟の一階で、アンゲリーナを待つ面々が座っていた。その奥には、粗末な木でできた扉が見えた。ループ前にアンゲリーナが帰ってきた扉だった。

 フェイロン達はアンゲリーナの方を、ミオンや道士達は木の扉を見つめていた。




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