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21.天使のおなり


 皇太子キリルの後ろを、オレンジ色の虎に見まごう猫が堂々と歩いて行く。その猫の背には、ピンク色の髪の幼女がまたがっていた。幼女の服はジンロン帝国の着物ではなく、皇后の祖国ユール国のドレスである。

 

 はじめはあっけにとられていた宮人たちも我に返って慌てだした。皇帝から名付けられなかった、アレと呼ばれる姫だと分かったからだ。


 皇太子だけならば、恭しく跪く。アレだけなら捕まえ北斗苑に戻してしまえばいい。しかし、二人一緒に、しかも皇太子の護衛に囲まれて歩いて行くのだ。

 

 宮人たちは戸惑い、とりあえずアレを見ない振りをして、皇太子キリルに跪いた。


「天使様をお迎えした。天使様は私の客人だ。丁寧にもてなすように」


 キリルは一言告げる。

 宮人たちは、ハハッと頭を下げた。

 この一言で、アレは『天使』だと押し通されることになった。


 兄様、すごいわ……。皇太子が黒と言えば、白も黒になるのね。


 アレがあっけにとられていると、リュウホが言った。


(ほら、天使様、天使らしくしろって龍が言ってただろ?)


 リュウホの言葉にハッとして、アレは宮人たちをクルリと見回して、ニコリと微笑んでみた。


 宮人の数人が胸を押さえて、息を呑む。


「まさに、天使さまっ」


 やめて、皇太子に忖度するのやめて。


 アレは恥ずかしくてしかたがない。貼り付けた笑顔が引きつりそうになってくる。


「とりあえずは私の部屋に連れて行く。休暇中の女官長の手を煩わせるまでもない。知らせは不要だ」


 キリルはそう言い切って歩き出した。

 リュウホもその後を偉そうな顔をしてついていく。

 アレはとりあえず、バイバイをしてみた。


 その瞬間、騎士や宮人たちがどよめいて、中には膝を突いた者までいた。

 アレはとりあえず、見ない振りをした。



 到着した北辰宮のキリルの部屋には、沢山の食べ物が用意されていた。

 土蔵では見たことのない美しいお菓子や、他国の果物。湯気の立った蒸し器からは良い香りが漂ってくる。


 アレのお腹がグウとなって、キリルは少し悲しげに微笑んだ。


「天使のために用意したんだ。好きなものを食べてね」

「はい。リュウホにもいすをよういしてもいいですか?」


 キリルは一瞬戸惑った。


「リュウホはとくべつなねこなんです。ひとといっしょじゃないとだめなんです」


 アレが慌てて付け加えると、キリルは少し考えた。


「リュウホは、炎虎の子どもなのかな?」


 キリルはリュウホに尋ねた。リュウホは不機嫌そうにガウと吠える。


(だったらなんだよっ!)


 アレがリュウホの言葉を通訳する。


「そうです」

(そうです、なんていってねー!)

「え? ほんとうにそうなの!? ねこちゃんじゃないの?」


 アレは通訳しつつ驚く。たしかに、メイドは炎虎の可能性を話していたが、遠い国の、しかも伝説の聖獣だ。アレは冗談だと思って、聞き流していたのだ。


(ねこちゃん……じゃ、ねーなら、なんだよ……)


 リュウホはムスっと答えた。

 

「えんこ、ってとら? もっと大きくなるの? かっこいい!」


 アレはリュウホをギュッと抱きしめた。


(ま。まぁな)


 リュウホは顔を赤らめた。


「そうか、ナンラン国の聖獣であれば丁寧にもてなさなければね」


 キリルはそう言うとリュウホの席を用意した。


(ふんっ!)


 リュウホは鼻を鳴らして、用意された椅子に上った。

 アレは微笑ましく思いながらリュウホの隣の椅子に座る。

 キリルはアレの隣に座って、アレが食べやすいように、敢えてくだけた様子で桃まんじゅうを頬張ってみせた。


「おいしいよ。たべてごらん?」


 アレはコクリと頷くと、桃まんじゅうを食べようとした。

 しかし、それをリュウホが横から顔を寄せクンクンと匂いをかぎ、ガブリと半分ほど食べてしまった。


「リュウホ!」

(毒はない。安心して食え)


 リュウホの言葉にアレは驚いた。

 アレは全く考えていなかったからだ。


「だめよ、リュウホ。わたしのためにそういうのは」

(俺は鼻がいい。毒がないことは分かっていたし、そもそも毒が効きにくい)


 リュウホの言葉を聞いてアレはホッとした。

 それでも、自分のために身体を張るのは嫌だった。


「リュウホ、においだけにして? わたしのためにぎせいにならないで」

(炎虎は特別なんだ。人の毒なんか効かない)

「でも心配よ」


 アレが言えば、リュウホはツンとそっぽを向いた。


「もしかして、リュウホが毒味をしたの?」


 キリルの声にアレはハッとした。

 不敬で怒られるだろうか。


「こうたいしでんか!」

「にいたま!だよ」


 キリルは笑ってアレの言葉を制した。


「おこってないよ、おこらないよ、だから、心配しなくていい」


 キリルは少し悲しかったのだ。自分の行動に過敏に反応し、すぐに謝ろうとするアレの姿が痛々しかった。

 きっと今までそうやって生きてきたのだ。マルファと騎士とは信頼関係ができていた。だから、こうさせるのはそれ以外の人物だろう。


 ……まさか、ミオンか? 


 ミオンは女官としてとても優秀だ。いつでも冷静で公平、慈悲深い人間で頭の回転も良い。皇后の亡き今、周囲からは皇妃との声も上がっている。

 キリル自身もミオンであればそれも良いと思っていた。

 しかし、肝心の皇帝は皇后以外を妃と認めない姿勢を崩さなかった。


 キリルは頭を振って、その疑いを払った。


 ミオンがこんなに可愛い子どもに手を上げるとは考えられない。他のメイドだったのだろうか。あとできちんと調べなければ。まずは私が信頼されないといけないな。


 キリルは考えつつ、アレを怖がらせないように静かに尋ねる。


「天使は炎虎の言葉が分かるの?」


 アレはリュウホをチラリと見る。リュウホはツンとそっぽを向いている。


「なんとなく……きもちがわかるの。へん、ですか?」


 アレがオズオズと答えれば、キリルは頷いて微笑んだ。


「そう、さすがに天使様だね、素敵な力だと思うよ」


 キリルの言葉にアレはホッとした。

 アレはミオンからことごとく否定されてきたのだ。何ができるようになっても、遅い、当たり前と鼻で笑われ、何か特別なことができれば、変だ、魔物だと言われてきた。


 キリルが当たり前のように認めてくれたことが、信じられず嬉しい。


「さぁ、半分食べられちゃったから、私の分を半分あげよう」


 キリルは自分が食べていた桃まんじゅうを半分に割って大きい方をアレに手渡した。


「温かい内にお食べ」


 キリルの言葉にアレは頷く。そしてキリルから受け取った桃まんじゅうにかぶりついた。


「おいしい!!」

「よかった」


 キリルが微笑んで、リュウホは不機嫌に耳をピクピク動かした。







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