20.天使の捜索 3
「……にいたま?」
噛んでしまった! 三歳滑舌悪すぎる!
アレは慌てて言い直そうとした。顔が真っ赤になる。耳まで熱い。
「あ、に、にいた、さま」
「そう、にいたま、にいたまだよ!」
キリルは満面の笑みでアレを抱き上げた。
え!? にいたまでいいの? 兄様じゃなく?
「私の天使、私は君の『にいたま』だよ!」
(け!!)
キリルのダメ押しに、リュウホが呆れたように呟いた。
「さぁ、今日から私の部屋においで、私の天使」
「マルファは? リュウホは?」
アレは慌てた。キリルはマルファを見た。
「マルファ、すまない。まだ父の許可は得ていないんだ。ゆくゆくはお前を呼び寄せたいが、今は……」
「ええ、ええ、わかっております。キリル殿下の好きになさいませ。私は殿下と姫様が幸せであれば良いのです。困ったことがあれば何でもマルファにお命じください」
「すまない」
「皇帝陛下の凍り付いたお心をお二人であれば溶かせると信じております」
マルファは涙を浮かべつつ微笑んだ。
キリルはアレを見た。
「猫のベッドも用意した」
「リュウホもいっしょ?」
「ああ、リュウホも一緒だよ」
(ダメでもついて行くけどな!)
リュウホは不機嫌そうにそう言って、キリルの足を踏みつけた。
そして、キリルを睨み上げフウと威嚇する。
(お前は俺の背中に乗れ!!)
そういってアレを睨む。アレは少し可笑しかった。
「にいたま、おろして?」
キリルは少し困ったような顔をした。やっと抱くことができた妹である。あっさり降ろしたくはない。
「私の部屋は遠いんだ。天使には歩けないよ」
「リュウホにのるからだいじょうぶ!」
「でも……」
キリルはアレを抱きしめる腕に力を込め、リュウホを睨む。
リュウホもキリルをにらみ返す。
一触即発の雰囲気になった。
どうしてこうなった?
アレはキリルの腕の中で戸惑いつつ、酒場のミンミンを思い出していた。
酒場のミンミンはいつも人気で、取り合いがよく起きていた。それでもミンミンは上手く収めていたからだ。
食らえ! 必殺ミンミンちゃんの『おねだり!』
アレはキリルをジッと見つめた。
キリルはアレの視線に気がついて、とろりと目を細める。
「にいたま、だめ?」
アレはコテンと小首をかしげる。
キリルは、ハゥと息をついた。
「リュウホといっしょじゃなきゃ、いくのいやよ」
アレがウルウルとキリルを見れば、キリルは顔を真っ赤にして唇を震わせた。
「キリル殿下、姫様にしたら殿下は初めて見る方です。不安になられているのでは?」
マルファの言葉にキリルは頷いた。
「ごめんね、天使。すべて君の望むようにするよ」
キリルはそう言ってアレを地面に降ろした。しかし名残惜しそうに、よしよしと髪を撫でる。
アレはうっとりと目を細めた。
するとリュウホがキリルの手を尻尾で叩く。
(なれなれしく触るな!)
「リュウホ、だめよ」
(なんだよ! おまえはあの男がいいのか!? ナデナデされたいのか!?)
「? リュウホ、変よ?」
(変じゃない! 俺だって、本当はナデナデできるんだからな!)
アレは可笑しくて笑った。リュウホにとってナデナデは重要事項らしい。
「リュウホは天使を乗せないのか? だったら私が……」
キリルがそう言ってもう一度アレを抱き上げようとした瞬間、リュウホは牙を剥いてガウと吠えた。
(こいつに触るな!!)
リュウホはそう言うとアレの襟を噛み、キリルの前からブランと奪い返し、さっと自分の後ろに隠した。
乱暴に見えるやり方にキリルはかっとなったが、アレは慣れているのか楽しげにキャッキャと喜ぶ。
(ほら! 早く乗れ!!)
「うん、リュウホ、大好きよ」
アレはそう言うとリュウホの首に手を回し、背中に抱きつく。ギュッと抱きついたところを確認すると、リュウホはゆっくりと立ち上がった。アレはリュウホの背中で起き上がる。
リュウホの背中は大きくて、安定してるから好き。
フワフワと音もなく歩く猫の背中は、まるで雲に乗っているかのように快適なのだ。
リュウホはアレを背中に乗せて、少し得意そうに鼻を鳴らした。
それを見てキリルは少し気分が悪い。
「では、行くぞ」
つれてきた騎士たちに声をかけ、キリルは北斗苑を後にした。