表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/57

19.天使の捜索 2


 マルファは意味がわからず動揺する。


「天使とはどういう意味でございましょう」

「ここには姫がいるだろう。その者のことだ」

「皇帝陛下が姫様を・・・・・・お望みなのですか?」


 マルファは流石に「殺す気か」とは言えず、縋るようにキリルを見た。

 マルファはキリルが小さい頃から知っているのだ。会ったことはないと言っても、アレとキリルは兄弟だ。兄に妹を殺す手引きをさせるのはさすがに胸が痛む。


 キリルはマルファを安心させるように微笑んだ。


「父はいない。それに私が望むのは天使だ。わかるか? わざわざここへ出向き、あの子を天使と呼ぶ意味が。母も天使と呼んでいただろう」


 マルファはパッと笑顔になった。


 皇后様は姫様がお腹にいる頃に名前を付けていらした。確かにユール国では『天使』という意味だった。それを覚えていてくれたなんて……。


 マルファは目頭を押さえた。皇后が呼んだアレの名を覚えているのは自分だけだと思っていたからだ。

 そして、キリルは自分が乳母をしていた頃から変わらない優しさを持っていると気がついたのだ。


「では、キリル様が」


 キリルは静かに頷いた。


「父が戻るまでに整えたいと思っている。あの年で難しい本も読めるのだろう? 父も臣下として惜しいと思うかもしれない。もう喪も明けたのだから」


 キリルがそう言うとマルファは頷いた。


 ミオン様が姫様を虐待している疑いがある今、このまま隠れていても明るい未来はない。ケーキの件といい、猫の件といい、ミオン様は姫様を処刑する理由を探しているのではないかしら?

 だとしたら、守れるのはキリル様くらいしかいない。


「姫様、出てきてください」


 マルファもアレに向かって声をかける。

 アレはリュウホを見た。


(出て行けば? マルファのことは信じられるんだろ?)


 リュウホの言葉を聞いて、アレは騎士を見た。


「いってもだいじょーぶ?」

「姫様。皇太子殿下は優しいお方です。無体なことはされないでしょう」

(だーかーらー! お前は俺が守ってやるから心配ない!)


 リュウホが尻尾でアレの背中を叩いた。


(さあ、俺の背中に乗れ!)


 リュウホはそう言ってアレの前にお座りした。

 アレはキュンとする。


 リュウホったら、かっこいい!


 実際、皇宮の騎士の前でリュウホは無力だろう。それでも、その気持ちが嬉しかった。


 逃げ隠れていても運命は変わらない。それは前の人生で嫌だと言うほど身にしみた。

 行こう! リュウホとだったら大丈夫! ここで皇太子に認められれば、生き延びるチャンスが増える。


 大きく深呼吸して決意する。


「うん、行ってみる!」


 アレはリュウホの背中にまたがり、林の奥からマルファの隣に並んだ。


「天使様です」

 

 マルファがそう紹介し、アレは戸惑った。


 恥ずかしくて否定したい! けど、きっと私が『天使』だから皇太子は会いに来れた、ということよね?


 何を言って良いのか分からずに、とりあえずリュウホから下りた。

 モジモジと皇太子を見上げる。


 キリルは幼い妹を見て、思わずふらついた。口元を押さえる。変な声が出そうだった。


 思った以上に、かわいい。やっぱり母上と同じ瞳だ。


 懐かしさと恋しさが溢れてきて、胸が押しつぶされそうになる。


「天使様……」


 キリルがとても優しげに呼びかけたので、アレは戸惑った。


 なんて、言えば……。皇太子殿下? お兄様? ここで嫌われたら終わりよね? マルファ、紹介して? なんて呼んで良いか分からないから!


「天使様、この方はジンロン帝国の若き龍、キリル皇太子殿下です」


 マルファの言葉にホッとして、アレはキリルを見た。


 よし、皇太子殿下として挨拶しよう。


 ソロソロとキリルの前に出て跪き、両手をついて地面に三度頭を打ち付けた。そうして立ち上がり、再び同じ動作を三度繰り返した後に立ち上がり、アレは礼をした。

 昨夜覚えたばかりの皇帝に対する礼である。


「あまくものかずちのうえよりたまいし、てんていのけつみゃく。きんのうろこのもちぬし。ジンロンていこくのわかきりゅう、キリルこうたいしでんかにてんうのめぐみあれ」


 葛籠箪笥の本に書かれていた礼の仕方だ。間違ってはいないはず!


 キリルは言葉を失ったようにアレを見つめている。


 こんな、小さな子……、しかも妹が、三跪九叩 (さんききゅうこう)の礼をするほど私を恐れているのか。


「こうたいしでんか?」


 アレが声をかけると、ハッとして我に返った。


「それは、先代の皇帝まで使われていた古式の礼法だ。私は五歳で皇族に認められてから覚えたことだが、既にしつけたのか?」


 キリルは泣き出しそうな顔でマルファを見た。


「いえ、私はなにも……。そもそも私はジンロン帝国の有職故実には詳しくなく、キリル殿下にも専属の教師をお願いしました。どこでお聞きになったのか……」


 マルファは戸惑う。

 アレも戸惑った。


 え!? 今は使われていない礼法だったの?


 キリルはかがみ込み、アレに視線を合わせた。


「天使様、天上の者が地上の者にそんなことをしてはいけない」


 キリルに窘められて、アレは顔を青ざめさせた。


 失敗した……。マルファも処分される?


「おゆるしください、こうたいしでんか。どうかマルファをしからないで」


 アレは泣きそうな顔でキリルに縋った。

 マルファは穏やかに笑っている。


「兄様と……」


 キリルが頬を赤らめていった。


「はい?」


 思わず問い直すアレ。


「私のことは『兄様』と呼んで」


 え!? いいの? 妹だとバレたらダメなんじゃないの? え? 


 アレはマルファを見た。マルファはこくんと頷く。

 アレはとりあえず考えることを放棄した。そもそも、皇太子に逆らえるはずもない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ