14.ミオン再び 2
「そうなのですね。でも証拠がないと説明できませんわ?」
「証拠ならございます」
マルファはミオンにリュウホが持ってきた手紙を見せた。
「……この紙は……」
ミオンは、ナンラン国の透かしが入っている高価な紙に達筆な文字で書かれた手紙を見て唸った。
下手をしたら、ナンラン国の王族が絡んでいるかもしれないわね……。
ミオンは忌々しく思う。
「そもそも何故このようなことに? まさか勝手に北斗苑から出たのではありませんか。それならば皇帝陛下にご報告を」
「姫様が竹林の中で助けられたのです」
老年の騎士が答えた。
「竹林の中で?」
ミオンが怪訝に尋ねる。
「はい。北斗苑は立ち入り禁止ではありませんから、皇宮側から入ってくるものがあるのです。きっとこの猫も迷い込んでしまったのでしょう。そして竹林の中でトラバサミにかかっていたところを姫様は見つけ助けられたのです」
騎士の言葉にミオンが顔をしかめた。
面倒なことになったわ。
自分の仕掛けた不法な罠が他国の貴族のペットを傷つけたと知られては困る。
「姫様が気がついて良かったです。手紙から察するに高貴な方の猫のようですし、トラバサミにかかって死んでいたとなったら、問題になったでしょう。皇宮にトラバサミなど設置する必要はないですから、設置した者の罪を問われるかもしれません」
騎士がそう言えば、ミオンは大げさに頷いて見せた。
「その通りですわね。他にはないか調べておきます」
「私どもにお命じにならないので?」
騎士が怪訝に尋ねる。ミオンは優しげに微笑んだ。アレの騎士に証拠を握られても困る。
「アレ様の騎士に雑用など頼めませんわ。皇宮を取り締まる女官長として、きちんと調査します」
そう言ってクルリときびすを返す。
ミオンの背中に、マルファが声をかけた。
「猫の件は……」
「勝手になさればよろしいわ。ただし、予算の流用が発覚した場合は陛下に報告致します」
突き放すようにミオンは答えた
リュウホは毛を逆立てた。
(もしかして、アイツが罠仕掛けたのか!?)
アレはリュウホを抱きしめる腕に力を込め、押さえ込む。
「ダメよ、リュウホ。我慢して!」
アレの声を聞いてミオンは笑う。
「そうそう、猫が問題を起こしたときは、アレ様に責任を取って頂きますからね。飼うからにはきちんとしつけてくださいね」
ミオンの答えに、アレはリュウホのクビをギュッと抱きしめた。
「にょかんちょうさま、ありがとうございます!」
足早に過ぎ去っていくミオンに、アレは大きな声で礼を言った。
(なんであんなやつに頭を下げるんだ! 俺、アイツ嫌いだ!)
「あの人は宰相の姪で女官長なの。ここで何かあったら処罰されるわ。ゴメンね、我慢して」
悔しさを紛らわすようにアレはリュウホの背に顔を埋めて答えた。
マルファや騎士たちはその言葉を聞いて切なくなる。
姫様はすべて理解されているわ。そして、私たちに害がないよう守ろうとさえしてくれている。
マルファは、リュウホごとアレを抱きしめた。
「今までは『すべて姫様のため』という女官長殿の言葉を信じていましたが、本当にそうでしょうか?」
老騎士がマルファに問う。マルファも最近疑問に思い始めていた。
窮状を訴えても、『アレ様のために今は我慢して』と優しく微笑むミオン様を信じてきた。でも、赤子の頃から変わらない予算。届けられる食材などは子ども向きではないものばかり。喪が明ければそれも変わると信じてきたけれど、その気配もない。
もしかして、『アレ様のため』というのは始めから嘘だったのではないかしら?
ミオンは皇宮とアレをつなぐ唯一の人物だ。すべての伝達はミオンを通して行われている。
ミオン様が信じられないとしたら、姫様を守るためにどうしたらいいの?
私では守り切れないかもしれない……。
マルファはゾッとして、アレを抱く腕に力を込めた。そして、老騎士を見上げる。
「それでも姫様をお守りします」
老騎士は黙って頷いた。ふたりの心の中は一緒だった。
ミオンは内心穏やかではいられない。
せっかくマルファを罰する理由を見つけたと思ったのに、失敗したのだ。それどころか、トラバサミの件まで指摘されるとは思っていなかった。
しかもあの猫はただの猫ではないわ。ナンラン国と問題を起こすことは避けたい。
ナンラン国は、ジンロン帝国の南に接する大国だ。先の戦争の協定でジンロン帝国に人質を差し出しており、皇宮の人質が住む区域に姫が一人住んでいるはずだ。人質を取っているからといって、なおざりにしていい国ではなかった。
もしその姫が連れてきた猫だったら、不法な罠でケガをさせたことが知られたら問題になる。その上、猫を処分したとあっては国際問題に発展しかねないわね。
ミオンは急ぎ皇宮に戻り、竹林の中にあったトラバサミを処分させた。
その上で、『以前皇女が幽閉されていたときから放置されていたものをミオンが気がつき処分させた』と自分の功績にしたのだった。
しかし、皇宮内にミオンを疑うものはなく、また逆らうものもいなかった。
ミオンのアレに対する態度はともかく、後宮管理の手腕は優れており、現宰相の姪でもある。宰相は、皇位継承権最下位だった現皇帝の後ろ盾となった人物で、現在のジンロン帝国があるのは宰相の力をなしにして考えられなかったからだ。
ミオンはひとり呟いた。
「猫を通してナンラン国と通じられては困るわ。やっぱり、アレは邪魔になる」