13.ミオン再び 1
騎士と日課の散歩をしているアレの足下にはリュウホがくっついていた。まるでボディーガードのように寄り添ってくる。
アレと老騎士はそんなリュウホを可愛く思いつつ北斗苑を散歩する。
今日はグミの木の下で、アレと騎士は休憩をした。
初夏の日差しを浴びて、グミが赤く色づいている。太陽の光を閉じ込めたルビーのように真っ赤だ。
グミの木の下で、騎士がアレを肩車する。アレは赤く鮮やかなグミに手を伸ばし、口に運んだ。
「まだすっぱい」
口をすぼめれば騎士は笑った。
「見た目は良くないですが、赤いものより、少し黒ずんだ方が美味しいんですよ」
「そうなの?」
「熟しているんです。木の実は大体、日の当たる場所のものが甘いですね」
熟れて甘そうなグミは肩車をしてもらっても届く場所にはない。ぐーっと手を伸ばしてもやっぱり届かず、アレは少しガッカリする。グミの木には茨があって無理をすると怪我をするのだ。
「もうすこしたったら下のも黒くなるかな?」
「なりますよ、きっと」
そんな話をしていれば、リュウホがグミの木に登り始めた。
グミの実の中を、リュウホのオレンジの尾が揺れる。スルスルと茨だらけの木を登り、美味しそうに色づいたグミを口にくわえた。
二人はあっけにとられてそれを見ていた。
リュウホもグミの実を食べるのかしら?
アレが驚いて見ていると、リュウホはグミをアレに向かって落とした。そして、ナァ、と鳴く。
(とってやるよ)
リュウホが言った。
「おろして」
アレは騎士の背から下りた。そして、慌ててリュウホの下へ向かった。エプロンを広げて木の下に立つ。
リュウホは、太い前足でユサユサと木を揺する。すると熟れた木の実がボトボトと落ちてきた。
リュウホはアレのためにグミの実を落としてくれたのだ。
「ありがとう!」
満面の笑みでアレがお礼をいうと、リュウホは満足げにナァと鳴いた。
スルスルとグミの木から下りてきて、アレに額を擦り付ける。リュウホの体にはグミの葉や枝が絡みついている。
アレは地べたに座り込み、汚れを丁寧にとってやる。するとリュウホが小さく鳴いた。グミの茨で傷ついたのだろう。
「いたい?」
リュウホは茨の中をアレのために登ってきてくれたのだ。
(平気。それより、もっとナデナデしろ)
リュウホは「気にするな」というようにナァと鳴いた。
「いいこ、いいこ」
アレはそう言いながらリュウホをまんべんなく撫でまわす。
リュウホは満足げに、鼻から息をつきゴロゴロと喉を鳴らして、ごろんと腹を見せてくる。
アレは嬉しくなってリュウホのおなかに顔を埋め、モフモフを撫でながらモフモフを堪能した。
「しあわせ~。いいにおい」
アレがうっとりと呟く。
「姫様はリュウホが大好きですね」
「うん。だいすき」
アレが顔を上げてエヘヘと笑えば、リュウホも笑う。
(俺も好き)
そしてアレのエプロンをちょんと鼻先で突いた。
(だからいっしょにそれ食おうぜ)
アレはエプロンを開き、一番大きくて一番甘そうなグミを手のひらに載せる。
「はいどうぞ!」
アレはグミの種を抜いてやり、リュウホに与えた。
リュウホは満足げに目を細め、ナァと鳴く。
(美味い、食べてみろよ)
「うん、わたしもたべる!」
広げたエプロンを覗き込み、グミの実を摘まむ一人と一匹に、護衛の騎士は微笑ましく思った。
そうしてグミをもって土蔵へと帰った。
いつも通りアレとリュウホが転がるようにして遊んでいると、そこへミオンが現れた。
今日はいつも通り、侍女を一人連れただけである。
そして、リュウホを見てわざとらしく声を上げる。
「きゃぁ! なんてこと、虎にアレ様が襲われているわ!」
(バカかコイツ、何見てるんだ! 俺が襲うわけないだろっ!!)
リュウホは毛を逆立ててイカ耳になり、うなり声を上げてミオンを威嚇した。
「恐ろしい! どうして誰も助けないの! 騎士は!? 乳母は何をしているの!?」
ミオンは声を上げるだけ声を上げ、助けようとはしない。
アレは慌てる。
「ちがう! この子はわたしのともだち!」
アレがそう言ってリュウホを庇うようにギュッと抱きしめた。そして、落ち着かせるようにゆっくりと撫でる。リュウホはゴロゴロと喉を鳴らして大人しくなった。
すっかり懐いている様子を見て、ミオンは忌々しく思う。
「まぁ、アレ様の? 陛下のお許しもなく虎を飼うなんて恐ろしい。なにかよからぬことを考えているのではと疑われますわ?」
「とらじゃないの!」
アレの答えにミオンは困り顔をマルファに向けた。
「虎でないにしても……、こんな大きな猫の餌代はどうしているんですか? まさかアレ様の予算を流用しているのでは?」
ミオンの狙いはそれだった。噂でアレが大きな猫を飼いだしたと聞いて、アレを貶めるのに使えないかと思っていたのだ。
マルファはミオンにニコリと笑った。
「正確にはこの猫の飼い主から預かっているんです。餌代はその方から預かっています」
マルファの答えにミオンは鼻で笑った。
取り繕った嘘だと思ったのだ。