表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/57

1.ファーストバトル 1

 

 女官長ミオンは目前の幼女の姿を見て眉をひそめた。事前の話では、幼女はユール国のドレスで着飾っているはずだった。しかし、寝間着姿だったからである。

 出鼻をくじかれたミオンは、テーブルに座っているメイドの一人を睨みつけた。ミオンに情報を流してきたメイドだ。メイドはビクリと肩をふるわせる。


 仕方がないわね。責め方を変えましょう。それにしても使えないメイドね。


 ミオンはメイドから視線を逸らし、テーブルに向けた。そして、並べられた手作りのケーキを見て、呆れたようにため息をついた。ケーキは皇后が嫁いできたときに持ち込んだ食べ物で、この国では珍しいものだった。


 こっちを問題にすれば良いわ。


「皇后様の喪中にお祝いをしている不届き者がいると噂を聞いて、信じられずに確かめに参りましたのよ? まさか本当にこんなケーキなど……残念ですわ」


 ミオンはいつもと違いふたりの騎士を連れていた。彼らもテーブルの上を見た。そして、一緒にテーブルに着く乳母やメイドたちの顔を確認した。

 ミオンはあくまでも優しげな話し方をする。彼女は、現皇帝が皇帝の座を奪う前からの忠臣で、皇后がいない今、後宮の責任者であった。

 誰もがミオンを信じており、まさか幼女を虐待しているとは思っていなかった。


 烏の濡れ羽色の長く豊かな髪をパサリと払い、女官長のミオンは、さもガッカリしたように薄紅色の髪の幼女を見た。


 幼女は気が立っていた。しかし、悟られないように俯く。


 さっきループしたばっかりだって言うのに、もう、ミオンに会わなくちゃいけないの!? しかも、信じていた人に騙されて、今さっき死んだところだったのに! 嘆く暇さえないなんて!


 ふつふつと怒りがわいてくる。


 これも全部、ミオンのせいだったんだから! いつもは侍女しか連れてないくせに、今日に限って騎士を連れてくるとか、三歳児に向かって言いがかりつける気満々じゃない。この頃から私のこと嵌めようとしてたわね。

 もう頭にきた! 我慢しても死ぬ運命なら、もう顔色なんて窺わない。


 幼女はそう心に決めた。

 幼女はこれが三度目のループ、四度目の人生なのだ。見た目は三歳児でも中身は大人だった。


 幼女は空色の目をオズオズと上げた。潤んだ瞳の奥で、虹色の光彩が光っている。


 食らえ! 酒場のミンミンちゃん直伝『あざと可愛い幼女の泣きだしそうな顔ビーム!!』

 

 ループ前の世界で世話になっていた酒場の娘ミンミンを思い出す。初めて出会ったのはミンミンが三歳くらいの頃で、すでに酒場の娘は店のアイドルだった。どんな荒くれ者でも、ミンミンには勝てなくて、誰もが鼻を伸ばし、可愛いがり、言いなりになった。抱っこも肩車も馬でさえも、誰もが求められるままに喜んで応じた。

 

 それに比べて、私は無表情でかわいげがない子どもだったから、可愛がられなかったんだ。今度は、ミンミンをお手本にして、私が同情を引いてやる!


 幼女はそう思ったのだ。


 ふっくらとした桃色のホッペ。空色の瞳は涙と一緒にこぼれ落ちそうだ。フワフワの薄紅色の髪は綿菓子のように儚く、粗末な白い服装からは痩せ細った手足が見えていた。

 困ったように、幼女は小首をかしげ泣き出しそうな顔をミオンと、その後ろに立っていた騎士に向けた。


 ミオンは、思わず怯む。


 この子、こんな顔をしたかしら? 何を言っても、抓っても、いつも無表情で気に食わないと思っていたのに。


 幼女の泣きそうな顔は、ミオンの後ろにいた騎士たちのハートにクリティカルヒットしたらしい。

 茶色い天然パーマの騎士は「はぅ」と息をつき心臓を押さえている。

 もう一人の灰色の髪の騎士はまだ少し冷静だった。それでも気の毒そうな顔を幼女に向けている。


 幼女は自分の乳母マルファに目を向けた。マルファは幼女の今にも涙がこぼれそうな瞳を見てハッとする。


「喪中だなんて! 昨日明けたのではありませんか? 私はそう聞いて」


 マルファは慌てて答えた。


「ここ帝都では、葬儀が終わった日をもって喪は明ける。皇后様の喪が明けるのは一週間後になりますわ。常識を知らなかったといわれても……。皇帝陛下がどう判断されるかはまでは……。私も誤解なきようお伝えするつもりですわ」


 ミオンは心配するようにため息をついた。彼女は優しげに振る舞うのが上手い。今も、まるで不敬を働いた者たちを気遣っているかのようだ。


「でも、『アレ様』がケーキを食べていた事実はお伝えしなければなりませんね……」


 残念そうに、哀れむような目で幼女を見た。


 幼女には名前がなかった。親が名前をつけなかったからだ。便宜上『アレ』と呼ばれていた。そのことを幼女に告げたのも、目の前にいるミオンである。「親にとって邪魔だから、名前もつけられなかった」とミオンは小さな子どもに聞かせ、虐待していたのだ。


 しかし、ここで幼女に仕えてくれる人たちは、誰一人として「アレ」と呼んだことはない。アレは今、幼い頃は貧しいなりに愛されていたのだと気がついた。


 でも、このままじゃ、優しかった人たちまで不幸になっちゃう。私が五歳になったとき名前をもらえなければ、マルファは死刑、その他の人たちはほぼ解雇だわ。まずはミオンに疑いの目を向けさせないと!


 ミオンの言葉にショックを受けたような顔をして、幼女は持っていたケーキを落とした。


「……アレ……」

  

 アレと呼ばれた幼女は、空色の大きな瞳にウルウルと雫が盛り上がらせた。


 えーっと、普通は両親のことをなんて呼ぶの? ミンミンはパパ・ママって呼んでいたけど。


 アレは一瞬悩んだ。自身の両親を呼んだことはなかったし、周りの人々は皇帝陛下と皇后陛下と呼んでいた。しかし、子どもが自分の両親をそう呼ぶのはおかしい気もした。


 わかんないから、ここはミンミン方式で! 


「……ママのことしりたかったの、ママのすきなものたべたかっただけ……」


 ミオンの後ろにいた騎士たちが、不憫そうにアレを見た。

 ミオンも一瞬、動揺した。しかし、ミオンはすぐに気持ちを切り替えた。


「そんなに皇后様が恋しいのですか?」


 ミオンが優しげに聞く。


「ならば、皇后様のおそばにいきましょうか?」


 ミオンの声にアレは顔を上げた。遠回しに殺すと言っているのだ。


 だったら、それを利用してやるわ! 食らえミンミンちゃん直伝『純粋な喜び』!


「はい!!」


 アレは嬉しそうにコクリと頷いてみせた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ