超越神が自殺した
俺は弁が立つ。
しかも誠実そのものの外見をしている。
そのくせ、できるだけ楽して大金を稼ぎたいと思っている。
そんな俺が詐欺師になるのは時間の問題だった。
元は健康食品メーカーの営業だった。
業績が傾いてきていたため、会社はだんだんと誇大広告を打つようになり、詐欺まがいの商品の取り扱いが増えた。
俺は自分のトークスキルを活かして「ガンがみるみる消えるキノコエキス」や「血圧が下がると話題沸騰のお茶」などを売りさばき、個人としては好成績を上げた。
しかし俺の売り上げ程度では業績悪化は止められず、会社は結局倒産。
そこで俺は倒産のどさくさで倉庫に積み上げられていた商品をちょろまかし、その商品を元手に独立して会社を立ち上げた。
健康コンサルタント、と銘打ち、健康食品の訪問販売を行う企業――という名目だが、その健康食品の効果は全く実証されておらず、パチモンだらけ。
実態はほとんど詐欺グループだった。
詐欺をすればすぐ気が付くことだが、美味しいターゲットは孤独な高齢者だ。
金と時間を持て余しており、優しくしてやれば思い通りに商品を買わせることができる。
しかもこの高齢化社会、ターゲットはウジャウジャと存在する。
俺の会社は順調に拡大し、ものすごい利益を上げた。
しかし数年後、成長は壁にぶち当たった。
警察にマークされたのだ。
当然のことながら、俺の事業は犯罪すれすれだ。いや、実質的には犯罪そのものと言ってよい。
有能な弁護士を雇い、法律対策には注意を払っているため立件には至らないものの、あまり派手なことはできなくなった。
そこで俺が活路を見出したのが、宗教だった。
宗教法人を新たに立ち上げたのだ。いわゆる新興宗教というやつ。
宗教法人はすごい。なんといっても無税――儲けても税金を納めなくて良いのだ。会社を経営したことがある人ならわかってもらえると思うが、この「課税がない」というのはすさまじいメリットだ。
俺は健康コンサルタント業の顧客リストを用い、かたっぱしから勧誘した。
元が俺の事業のファンであるバカ共だ。
健康食品の売り文句に徐々に宗教色を織り交ぜると、コロコロと信者と化していった。
さらに、健康食品の販売でも使用していた手口を信者獲得においても使うことにした。
とはいえ、もったいぶるほどのものでもない。
ただのマルチ商法だ。
新たに信者を獲得した信者には、『善行ポイント』を授けることにしたのだ。なお『善行ポイント』は、組織に「お布施」した金額によっても増やすことができる。
合わせて『善行ポイント』が一定値に達すると組織内の『魂の階梯』がランクアップする制度を導入。『魂の階梯』とランクアップに必要なポイントは下記だ。
大衆0ポイント
信徒1ポイント
良信徒5ポイント
優信徒10ポイント
信徒リーダー20ポイント
信徒長30ポイント
司祭50ポイント
司祭チーフ100ポイント
……
名前に統一感がないのはテキトーに決めたからだ。
そもそも教義からして既存宗教の用語をごった煮しただけの雑コラ宗教だから、この程度でかまわない。むしろ一見して名づけに規則がない方が、ヒマな信徒どもの「神意」を推し量る議論があーだこーだと盛り上がってよい。
俺の『善行ポイント』は恣意的に1兆7500億ポイントとした。『魂の階梯』はもちろん最上級の『超越神』だ。
ちなみにこの『超越神』、ゴッドデウスと読む。頭悪そうにもほどがある。だがこのくらい頭悪そうな方が、実際のところ頭の悪い一般大衆にはヒットするのだ。
あ、ついでに宗教名は『超越神教』という。
さて、ここまでならよくある話だ。
トップの俺ですら期待していなかったほどの信者を獲得し、俺の個人口座には7回生まれ変わっても使いきれない額の金が集まった。
安定軌道に乗り始めた教団の運営は部下に任せ、俺は遊び倒すだけの毎日を始めようとしていた、その矢先。
教団を守るため、ある警察官僚に金を渡して買収していたのだが、その警察官僚が政治家に転身して頭角を現し、文部科学大臣に抜擢されたのだ。
その結果、俺が二日酔いの頭痛に耐えながら15分で書き上げた『ごっどでうすさまのおしえ』という子ども信者向けのパンフレットが、なんと全国小学校の道徳副読本に採用された。
このあたりから風向きが変わる。
馬鹿だけを相手にしていた信者ビジネスだったのに、『超越神教』の内実がメディアに取り上げられるようになったのだ。その扱いは、もちろん批判的なものだった。
『超越神教』に入れ込んだ母親のせいで一家離散した家族や、俺の会社が過去に売りさばいていたパチモン健康食品が連日テレビに映し出される事態となった。
せっかく悠々自適の引退生活を始めるはずだったのに、このままでは俺の悪事が暴かれて財産没収、下手すれば刑務所行きだ。
俺は猛然と活動を再開した。
くだんの文部科学大臣は首相の忠臣だ。
俺へ捜査の手が伸びれば、いずれ文部科学大臣にもたどり着く。そうなれば、俺の買収も明るみに出る。文部科学大臣への批判が高まれば、彼を重用してきた首相へのダメージも避けれられない。
そのように俺は説き、文部科学大臣を通して首相へ働きかけた。
時の首相がメディアとズブズブの関係であることは、政界に通じる人間なら常識である。首相を介し、大手メディアへ圧力をかけ、『超越神教』関連の報道を規制した。
テレビが流さなくなれば問題は終わったものと見なされるのが、近年のこの国の通例だ。
案の定、大衆の興味はすぐにこの問題から離れた。俺が教団の情報網によって掴んでいた、ある芸能人の薬物使用をメディアにリークしたのも効いたのだろう。世間はその一芸能人のクスリの話でモチキリとなり、『超越神教』パンフレットの副読本の件は完全に忘却された。
しかしパンフレットは副読本として配布され続けた。
俺はこの一件で反省した。
自分の地位はまだ安泰ではない。引退するには早過ぎる。
俺は政界への働きをいっそう強めた。今回の件で首相とのつながりが強固となったのも大きな助けとなった。
俺は首相への献金、選挙での協力を重ね、首相を信徒とすることに成功した。
数年後。
精力的に活動を続けた結果、『超越神教』の教えは道徳の一分野から、一つの科目へと昇格し、小学校、中学校、高校で教えられるようになった。
もちろん出自の知れない新興宗教の教義が全国で教えられることに反発がないわけがない。
しかし、抵抗は全て権力で抑え込んだ。
俺が財力で支え続けた首相は異例の長期政権となり、法律を改正して「終身内閣総理大臣」となっていたため、メディアの動きも俺の意のままとなっていたのだ。
政治制度が変わっても、テレビさえ押さえておけば国民をコントロールできるというこの国の形は変わっていなかった。
そして――ついに『超越神教』は国教に採用された。
政教分離が云々、などとほざく学者は全員クビにした。もちろんメディアでの発言など許すはずがない。
国教化にあたり、『超越神』の地位は首相にゆずり、俺はさらに上位の『極超越神』となった。ちなみに俺の『善行ポイント』は100無量大数を突破した。
さらに数年後。
『超越神教』は世界各国の主要メディアを支配し、世界最大手のウェブサービス企業をも傘下に納めるまでになっていた。
どうやったかって?
まあ、同じことを際限なく繰り返しただけだ。
権力者に金を渡し、それで得た影響力で信徒を増やし、信徒から巻き上げた金をさらなる権力者に渡す。
この世の仕組みはいたってシンプルなのだ。
『超越神教』が説く世界観はバカにもわかるように単純にしてあるが、実際はさらにカンタンである。
金が権力を生み、権力が金を生む。それだけだ。
そしてとうとう、『超越神教』は世界宗教となった。『超越神教』のもとに世界は統一されたのだ。
俺は『極超越神』の地位も北米の大統領に譲ってやり、俺はさらに上位の『宇宙唯一超越神』に上り詰めた。
俺の『善行ポイント』は10の500乗を超えた。もはやなんの意味もない数値だが、力の差は数値化しておいたほうが大衆は安心するのだ。
俺は40歳となった。
営業マンから始めて20年弱にして、世界を手中に収めたのだ。
さきほど、俺が地上の生を受けて40年を祝う世界的な祝賀会を退席し、自室に戻ってきたばかりだ。
シリコンバレーに建てた地上1000メートルを超える教団タワーの最上層が、俺の邸宅だった。
一面ガラス張りの部屋から、民衆の住む下界を見下ろす。
俺は全人類80億の頂点だ。
自分のことは、そこそこ弁が立って、誠実な外見をしているだけの人間だと、思っていた。
だが、違ったようだ。
他の誰に、ここまでの偉業が成せただろう。
カエサルだってナポレオンだってヒトラーだって不可能だった、全世界統一。
しかも40歳の若さで、だ。
俺がただの人間だったら、こんなことはできなかった。
だとしたら、「こんなこと」を実現した以上――俺はただの人間ではない。
神。
いや――そう、まさしく『超越神』に違いない。
それに、自分がテキトーにでっち上げた教義を全人類が信じ込むなどあり得るだろうか? いや、あり得ない。
だとしたら――俺の作った教義は、ただの妄想じゃない。
宇宙の真理なのだ。
そう悟ったとき、ドアをノックする音がした。
「宇宙唯一超越神様におかれましては、ご機嫌麗しきこと、我々人民共、恐悦至極にございまする」
側近たちが床に平伏する。
「なんの用だ?」
「ついにあの時が参りました。恐れながら準備が整いましたので、我々がお供させていただきたく、参上いたしました」
「あの時?」
「宇宙唯一超越神様が、御自らの人間としての仮初の身体をお捨てになり、天地と名実ともに一体となる時、でございます」
「なんだ、それは?」
何を言っているのだろう、この側近頭は? 仮初の身体を捨てる?
「お戯れを。『ごっどでうすさまのおしえ』にもあります、宇宙唯一超越神様の人間としての身体が40歳を迎えた際の儀式でございます」
本当に覚えがない。だってそのパンフレットはテキトーに書いたやつだし。
「余は人民を救うのに忙しく、時間が惜しい。人間に対するように、端的に表現せよ」
「た、大変申し訳ございません。恐縮至極にございまする。どうぞ平にお許しを」
「いいから早く言え」
ははー、と一段と強く平伏する一同。
それから側近頭が、では宇宙唯一超越神様のお慈悲により、失礼つかまつりまして人間に対する表現を取らせていただきます、となおも前置きしてから、こう言った。
「この教団タワーのてっぺんから、身一つで飛び降りていただきます。人間で言うところの、投身自殺でございます」
寒い。風が強い。
そして、一歩先には地面がない。
俺は教団タワーの最上階の屋上、安全柵の外側、端ギリギリに立っていた。
世界一高いところから飛ぶ死刑囚といったところだ。
なぜ、あんなことを書いてしまったのだろう。
いくら二日酔いで頭痛が酷かったからとはいえ、40歳で死ぬ設定にしていたとは。
あのパンフレットは『超越神教』の聖書とも言うべき存在であり、道徳の副読本として採用されて以降、信徒には老若男女問わず暗唱させてきた。
結果、全人類の脳裏に確固と刻まれているのだ。
人類に安寧をもたらすため、超越神様は40歳で人間の身体をお捨てになる、と。
今この様子は全世界に生中継されている。
何十億という信徒たちが固唾を飲んで見守っているのだ。
正直、死にたくない。
だが――不思議と冷静な自分がいる。
きっと昨日までの自分なら、権力を使って、なりふり構わず保身を図っていただろう。まあ、狂信的な信徒たちが、命にすがりつく『超越神様』の姿を受け入れてくれたかどうかは定かではないが。
しかし、実際は心穏やかだ。
なぜなら、さきほど悟ったように、俺はただの人間ではなく、本当に『超越神』だということがわかったからだ。
俺は俺の教えの通り、限りある人間の身体を死して脱し、天地と合一することになる。
それが宇宙の真理だ。
俺は宙に一歩を踏み出した。