第七話
重いカーテンの隙間から、夏の朝の陽が差し込んでいた。昨夜の雨は、嘘のように終わったらしかった。今日の暑さをうかがわせるような高ぶりが、はやくも部屋中にみなぎっていた。時計を見ると、ふだん起きる時間よりもだいぶ早かったが、これだけ外が明るければ、眠り直す気にもなれなかった。
見はからったたように電話が鳴った。ノエミはテーブルを見た。着信は、昨夜の待ち人からだった。きっかり十回の呼び出し音が鳴り、切れた。そして、もう一度呼び出し音が始まった。
昨夜まではあれだけ求めていたはずなのに、この感覚は不思議なほどだった。これまでの数年間、ノエミはこの電話のためだけに生きていた。昼間の自分はかりそめで、休日の自分もかりそめだった。しかし今朝になって、そうした日々は過ぎ去ったらしいことを唐突に知らされた。昨夜の雨がすべてを洗い流したのか、気がつけばすべてが終わっていた。止める暇もなかった。とどめるだけの気力も、とうに無くなっていたのかもしれなかった。
ノエミは足を振り上げて勢いよく跳ね起き、飛び降りるようにベッドを下りると、シャワーを浴びに立った。電話のベルはまだ鳴っていたが、それもシャワーで流れていくに違いなかった。今自分に電話をかけているのは、二度と必要のない人だった。
身支度をあらかた済ませたところで、玄関のベルが鳴った。ノエミは首をかしげた。こんな時間に誰が来るのだろう。いつもなら、やっと起き始める時間である。もう一度チャイムが鳴り、間をおいて、すみませんという間延びした小さな声があった。
ノエミはドアを開けた。立っていたのは大学生くらいの青年で、寝間着代わりらしいスエット姿のまま突っ立って、ぽかんと口を開けてノエミを見ている。自分でベルを鳴らしておきながら、挨拶も忘れたようだった。ノエミは、おそるおそるたずねた。
「あの、どうかしましたか」
怪訝な顔のノエミに、青年はあわてて頭を下げた。
「あの、昨日ポストに、大騒ぎして怒られた住人がいるって手紙が入ってたと思うんですけど、あれ、うちなんです」
ノエミは固まった。突然そんな話をされて、何と言えばいいのか分からなかった。青年は、ぼそぼそと続けた。
「うちで飲み会して、ちょっと騒いじゃって…迷惑かけて、すいませんでした。もうしないんで、あの、これ…」
そう言うと、今度は菓子箱の入っているらしい紙袋を差し出してきた。ノエミは目を丸くして紙袋と青年を見比べた。
「でも私、そんな騒ぎがあったこと知らなかったんだけど…」
青年は消え入りそうな声で、そうですかとつぶやいた。出したものを引っ込めるわけにもいかず、困り果てているのが伝わってくる。ノエミは仕方なく紙袋を受け取り礼を言った。青年は、ほっとした顔になった。犬のように眼をしばたかせている。部屋に戻れば、きっとまた眠るのだろう。男子学生の青っぽい生の若さが、こちらまで匂ってくるような気がして懐かしかった。
「なんでこんな朝早くに来たの?」
ノエミがたずねると、青年は照れたように口ごもった。
「夜遅いよりは、早い方がいいかなって…うち、ここの真下なんです。シャワー使う音が聞こえたんで、もう上の人起きてるのかなと思って」