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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

お人好しな勇者と、魔王になりたかった魔術師の話

作者: 篠田 林季


「はあぁッ!!」


 裂帛の気合いとともに振り下ろされたタクミの剣が、鱗に包まれたリザードマンの屈強な体を両断する。大将格だったリザードマンのあっけない最後に、その脇を固めていたゴブリンが目を剥く。


 だが、タクミの攻撃は終わっていない。振り下ろされた剣から凄まじい勢いで炎が噴出する。その炎のほとばしりが、剣の軌道を強引に正反対なものへと変える。


 地面スレスレで跳ね上がった灼熱の剣が、ゴブリンの脇腹へと突き刺さり、勢いを殺すことなく反対の肩口まで振り抜かれる。

 その体を逆袈裟に切り裂かれたゴブリンは、カエルのような耳障りな悲鳴とともに地面に転がった。


 一息で二体の魔物を屠ったタクミがこちらへ振り向いて叫ぶ。


「そっち行ったぞ! カズト!」


「あぁ⋯⋯わかってる」


 タクミが相手をしていた二体の横をすり抜けるように、別のゴブリンの部隊が僕のもとへ向かってきていた。

 小剣を振り上げて僕へと駆ける小鬼の顔にははっきりと憎悪の色が浮かんでいた。ゴブリンのような低脳な魔物でも仲間を失うと悲しいらしい。


「⋯⋯『ダーク・ライトニング』」


 あまりにも哀れでささやかなその抵抗に、僕は熾烈で慈悲深い一撃で応える。かざした手のひらから放たれた漆黒の雷撃が、ゴブリンの一団をたやすく消し炭へと変える。


「ナイス、カズト!」


 タクミが朗らかな笑みとともに、こちらへ歩いてくる。

 僕がゴブリンたちの相手をしている間、彼もまた別の魔物の相手をしていたのだろう。その背後には焼け焦げた魔物の死体が山のように積み重なっていた。


「⋯⋯タクミもね」


 タクミがこちらへと拳を向ける。僕も同じく握り拳を作ってタクミのそれにぶつけた。

 この拳を軽く触れ合わせる挨拶は、バスケ部だったタクミの癖みたいなもので魔物退治を終えたあとのルーティーンだった。

 

 こんなファンタジー然とした世界に、『バスケ部』の単語が出てくるのは決して不自然じゃない。


 僕たちはいわゆる『異世界転生者』だった。


 タクミと僕は同じ高校に通うクラスメイトだった。タクミはクラスのムードメーカー。対する僕は教室の隅の無口くん。言うなれば僕らは陰と陽だ。


 そんな僕らは何の因果か、同じ事故に巻き込まれた。——いや、僕が巻き込んだのか。


 学校からの帰り道のことだった。イヤホンをしてた僕は、頭のボケた老害の運転する車が、赤信号を無視して突っ込んでくるのに気づかなかった。

 今思えばかなり間抜けな光景だっただろう。


 猛スピードで突っ込んでくる車と、それに気づかずにのほほんと携帯をいじる当事者。

 ため息が出るほどバカらしいこの光景に——もうひとり、誰よりもどうしようもないバカが加わった。タクミだ。


 なにを思ったのかタクミは、僕を突き飛ばし、迫り来るバカジジイの車の前にその身を躍らせたのだ。すべてがスローモーションのように流れる世界の中で、僕はクラスのヒーローが窓にぶつかる雨粒のようにひしゃげるのを見た。


 ちなみに僕は突き飛ばされた先で対向車線を走る車に轢かれて死んだ。報われねぇ。


 ——それからは、よくあるテンプレ通りにことが運んだ。目を覚ますと僕らは不思議な空間にいて、神っぽいなにかから異世界転生させてもらった。


 『転生』とはいったものの、赤ん坊から人生をやり直したわけじゃない。僕らは事故にあった当時の姿のまま、ドルエンという国の王城——その玉座の間へと放り出された。


 王の話を聞く限りだと、この世界は『異世界勇者』ものらしかった。


 ——無辜の人々を苦しめる魔王を討ち取ってくれ。


 王の切実な願いに、僕とタクミは二つ返事で了承した。勇者タクミと、魔術師カズトの誕生だ。


 現実世界では意図的に人と関わるのを避けた僕だが、パーティを組んで冒険するとなればそうはいかなくなる。僕自身が人付き合いが苦手なうえに、自分とは真逆の性質をもつタクミと四六時中一緒に過ごさなくてはならないとわかった時は辟易したものだ。


 だが、タクミと一緒に冒険をしているうちに——案外、彼と一緒にいる時間が苦痛ではない、ということに気づいた。


 タクミはどうしようもないお人好しだった。

 迷子の子供がいれば親元へ送り届け、トラブルが起きればすぐに頭を突っ込む。借金のかたに売られた少女を見つけたときなんて、同情のあまりに彼女の借金を肩代わりして支払った。


 そんなことばかりしてるもんだから、当然お人好しの勇者の噂はすぐに広まった。勇者タクミは民衆に広く歓迎され、持て囃され、言いよる女は星の数ほどいた。

 まぁもっとも、タクミは『ある事情』からその申し出をすべて断っていたんだが。


 だが、彼に近づく人間のすべてが善意の人々だったわけではない。タクミの優しさにつけ込んでくるやつは必ず出てくると思っていたし、実際に多かった。そしてそういう輩に対処するのは決まって僕の役目だった。


「なぁ——タクミ」


「ん?」


 冒険をはじめてから一週間が経ったとき、僕はタクミにかねてからの疑問をぶつけた。


「⋯⋯なんで僕を助けたんだ?」


「あー⋯⋯あれな」


 現実世界で僕とタクミとの間に接点はほとんどなかった。そんな僕のために彼はなぜ自分の命を投げ出したのか。

 別に彼の善意を疑っているわけではない。ただ、彼を突き動かす原動力がなんなのかを知りたかった。


 身を固めて返答を待つ僕に、彼は気恥ずかしそうに頬を掻いて答えた。


「別に理由なんかねーよ。体が勝手に動いてた」


 彼の答えは予想外で——そして期待通りだった。

 あぁ、本当に、呆れるほどのお人好しだ。


「⋯⋯お礼とかそういうの、いらねーから。結局おまえも死んじまったみたいだし。つーかそう考えたら俺って犬死にじゃね?」


 僕は気恥ずかしさを誤魔化すようにおどけるタクミの目を見据えた。


「⋯⋯タクミ」


「⋯⋯な、なんだよ」


「この世界に一緒に来たのが、君でよかった」


 タクミは一瞬、僕の言葉に目を丸くしたが、すぐに赤面して顔を背けた。


「やめろよ! おまえホモじゃねーだろうな!」


「それだけはありえないから大丈夫」


 本当に、本当に君がいてくれてよかった。

 ——君こそ、僕の求めた英雄にふさわしい。




▲▽




「なぁカズト」


 そして今日、あの日とは反対に、神妙な面持ちでタクミが僕に問いかけた。


「おまえ、元の世界に帰りたいって思うか?」


「⋯⋯なんだよ、藪から棒に」


 タクミがこんなにも真剣な表情をするのは珍しい。それにタクミは悩みだとか後悔だとかの対義語みたいなものだった。そんな彼が見せた陰りに、僕は思わず身構えた。


「⋯⋯そもそも戻れないだろ。むこうでは僕たち死んだことになってるだろうし」


「だよなぁ——やっぱ、そうだよなぁ」


 わかりきっていることだった。タクミもそんなことはとっくに理解していただろう。それなのにタクミは合点がいったように、しきりに繰り返す。


「⋯⋯タクミは、帰りたいの?」


「うーん⋯⋯どうなんだろうな」


 やはり、今日のタクミは様子がおかしい。


「もちろん、おまえと冒険するのは楽しいし、勇者としての責任っていうの? そういうのおざなりにする気はないけどさ」


 歯切れ悪くも、タクミは語りはじめた。タクミと僕の会話はだいたい一方的だ。タクミが僕に好き勝手に話しかけて、僕がたまに答える。

 だから今日も、僕は静かにタクミの話に耳を傾けた。


「⋯⋯マリのこと。置いてきちまったなぁって」


 ——マリというのは、タクミのガールフレンドだった女だ。

 彼女はタクミと出会う前、クラスでひどいいじめにあっていた。きっかけは、当時人気のあった男子に抜け駆けしてひとりだけ告白しようとした、という些細なもの。


 放課後の教室で、密かにラブレターをその男子の机に滑り込ませた彼女の胸中は、きっと大きな不安と、小さな期待で満ちていただろう。


 ——だが、彼女の想いは最悪の形で裏切られることになる。


 翌朝、登校した彼女を出迎えたのはクラスの女子たちの侮蔑に満ちた視線と、黒板いっぱいに書き殴られた『裏切りもの』の文字——そしてその中央に磔のように留められた、グシャグシャのラブレターだった。

 

 あの日の彼女の表情は忘れられない。いまだに、僕の胸の奥深い場所に焼き付いている。


 それから翌年のクラス替え(正確にはクラス替えしてからちょっと)まで陰湿ないじめが続いた。日増しにやつれていく彼女を救ったのは、やはりタクミだった。

 クラス替え直後特有のひりついた空気の中、マリは新しい友達を作ろうとすることもなく、いじめに抗う気力も失って、虐げられる立場に甘んじていた。


 当然、クラスメイトはそんなマリに近づこうとしなかった。——タクミを除いて。


 タクミは凍りついたマリの心を溶かし、まわりのクラスメイトもタクミの温かさに惹かれたように、マリの存在を違和感ないものとして受け入れた。


 本来の明るさを取り戻したマリはタクミとすぐに意気投合し、ふたりが恋仲になるのに時間はかからなかった——と記憶している。


 そして、そのマリこそが、異世界において引く手あまたのタクミが恋人を作らない理由だった。


「マリさんのことが気になるの?」


「⋯⋯あぁ、あいつ、またいじめられてねーか心配でさ」


「大丈夫だと思うよ。いじめのことはもう立ち直ったと思う」


 ——君が死んだことはどうかわからないけど、とは言わなかった。


 事実、彼女はタクミと出会ったあとには友達も多くできていた。タクミが死んだことで再びいじめの対象に逆戻りするとは考えにくい。

 そもそも彼女の現在がどうであれ、僕らに打つ手はない。神は僕らを『転生』させたのだ。つまり、現実世界での僕らは完全に死んでいるわけだ。


「⋯⋯そっか。そうだよな」


 タクミは再び頷いて——不意に立ち上がった。


「さっ、そろそろいこうぜ。魔王城までもうひと踏ん張りだ」


 そう言って笑うタクミの顔に、先ほどまでの憂いは見当たらない。そこにいるのは間違いなく、『太陽の勇者タクミ』だ。


 僕は内心、胸を撫で下ろした。彼には完璧な勇者であってほしい。あらゆる困難に挫けず、恐れを知らず、弱者に寄り添う。

 彼はようやく見つけた、僕の追い求める理想の英雄だ。こんなくだらないことで顔を曇らせてほしくない。

 もちろんそんな内心を悟らせるわけにはいかないから、僕は努めて沈鬱な表情を見せた。


 そして彼に続いて立ち上がろうとして——気づく。


 リザードマンとゴブリンの死体の山の向こう。僕たちが出てきたばかりの暗い洞窟の出口に、何かが立っている。


 そのシルエットは人に近い。だが、側頭部に生えた二本一対の角と、何より、人間ならばありえないその巨大な体躯が、そいつの正体を物語っていた。


 オークだ。それも、この個体には見覚えがある。

 僕らの冒険における、最初の強敵。魔物で溢れた廃墟の街を支配していた『隻眼の緑鬼グラザムバルド』だった。その二つ名のとおり、右目を黒い眼帯で覆っている。

 人の背丈ほどもある大鉈を軽々と振りまわす怪力と、周囲の魔物を操る能力によって、ドルエンの民を苦しめ続けた怪物だ。

 しかし、その最後は僕の不意打ちじみた魔法で怯んだ隙を、タクミに討ち取られるというあっけないものだった。——だったはずなのに。

 

 グラザムバルドは僕たちの姿を見とめると、残ったもうひとつの目に憎しみの炎をたぎらせて、ゆっくりとその身をかがめ——勢いよく地面を蹴った。


 その巨体が、一瞬、かき消える。そして次、その姿が現れたとき、やつはすでにタクミの背後だった。

 タクミはまだ気づいていない。振り上げられた大鉈が傾きかけた太陽の光を反射してギラついた殺意を帯びる。


 僕は——反射的にタクミを突き飛ばし、振り下ろされる大鉈の軌道上へと身を投げ出した。


 『あの日』の再現、二度目のスローモーション。だが今度の立場は反対だ。タクミが助けられる側で、僕が助ける側。呆気にとられたタクミの目が大きく見開かれる。


「これで——チャラだから」


 僕の精一杯の強がり。直後、大鉈が僕の体を捉えた。脇腹を貫通する大質量の感覚。ついで、全身を打ったのは大鉈が地面に突き立った衝撃波だ。砂利とともに、僕の体が軽々と宙を舞う。

 永遠にも思える浮遊感は——意外とすぐに終わりを迎えた。重力に絡めとられ、受け身も取れずに地面へ叩きつけられる。


 地面に落ちたときの音はなんとおぞましいことに、『ドサッ』ではなく『グチャッ』だった。

 グラザムバルドの斬撃は、幸いなことに僕を真っ二つにはせず、脇腹をかすめるだけにとどまった。しかし、それでもか弱い人間の体にとっては致命傷であることに変わりない。


 ちょうど肋骨の下あたりをざっくりと切り開かれている。血液どころか臓腑がこぼれ落ちているのが見える。にも関わらず、肉体の危険信号である痛覚が襲ってくることがないのは、僕の上質な魔術の賜物だ。


 『痛覚完全遮断』。この魔術の難易度と、それによって受けられる恩恵を伝えるには時間が足りなさすぎる。今は一分一秒を争うときだ。

 血の流しすぎで薄れていく意識を懸命に繋ぎ止め、僕は無言で魔術を行使し続ける。


 『メンタル超強化』『血液補充』『超栄養』『サードアイ』。


 体から流れ出ていくものを止めることなく、それ以上のスピードで生成、補給していく。

 僕は自分の意識をグラザムバルドと、それに相対するタクミの真上へ霊体のように飛ばし、ゆっくりと目を閉じた。


 ——おやすみタクミ。僕は君の戦いを特等席で眺めさせてもらう。大丈夫、君なら勝てるさ。


 タクミは案の定、無残な姿で倒れる僕を見てショックを受けたらしい。それでも、僕にすぐさま駆け寄らないのは、グラザムバルドがそれを許すことがないとわかっているからだ。

 タクミは唇を戦慄かせ、グラザムバルドへと剣を向ける。


「待ってろ、カズト。すぐに助けるから」


「ククク⋯⋯いいぞ、その顔だ。不意を打たれてなすすべもなく殺される。そんな我の屈辱を少しは味わっていただけたかな?」


 グラザムバルドはオークのくせにやたら知的な喋り方をする。しかもけっこう饒舌だ。


「うるせぇ。死んでないじゃねぇか、てめぇ」


「いや、我はたしかに一度死んだ。⋯⋯貴様らの汚い策略にハマってな。だが、我はもう一度チャンスをいただいたのだ。偉大なるものによってな。あの方は朽ち果てた我が肉体に、魂を吹き込んでくださったのだ」


「⋯⋯魔王の野郎か」


 タクミの顔が憎々しげに歪む。しかし、グラザムバルドはそれを馬鹿馬鹿しいといったように一笑に伏した。


「魔王様ではない。あの方は、魔王様よりも強大で、偉大なる方だ。あの方はいつか必ずこの世界を支配するだろう⋯⋯さて、無駄話は終わりだ。あの日の屈辱、ここで晴らさせてもらう」


「あぁ、終わりだ。——無駄話も、てめぇのくだらないプライドもな」


 言い捨て、タクミはグラザムバルドに背を向ける。


「⋯⋯ククッ。血迷ったか。それとも我の力を前にして、自分に勝機がないことを悟ったか?」


「⋯⋯もう終わってる」


「なに? クッ、ガッ⋯⋯バッ! バカな!?」


 それがグラザムバルドの最期の言葉になった。その巨体に、呪いのようにいくつもの傷が浮かび上がる。赤熱する傷が交錯し、グラザムバルドの体を覆い尽くすと——無慈悲に爆散した。


 グラザムバルドの最期をつまらなそうに一瞥したタクミは、僕の体へと駆け寄る。

 そのタイミングで僕も、痛覚完全遮断以外に使用していたすべての魔力を解除した。


 僕の意識が死にかけの体へと舞い戻る。ついでに凄まじい倦怠感も戻ってきて、ずっしりと全身を押しつぶす。


「カズトッ! しっかりしろカズトッ!」


「⋯⋯あぁ、うん。大丈夫。大丈夫なんだけど、僕の鞄からポーション出してもらっていいかな。ちょっと死にそう」


 


▲▽




「おまえ、あんな無茶二度とすんなよ」


「⋯⋯それはお互い様じゃないか」


 ポーションのおかげで体も元通り再生した。途端にタクミの説教が始まる。

 僕が死にかけたことがよほど意外だったのか、タクミの声はいつになく真剣だ。


「⋯⋯それにしてもすごいね。グラザムバルドをあんな簡単に倒すなんて」


「おい、話逸らすな。つーか前もけっこう簡単に倒しただろ」


 タクミは一瞬、あからさまに話を逸らした僕を睨んだが、僕の性格上、これ以上責めても意味がないと判断したらしい。僕が逸らした話題に乗ってくる。


「あれは不意打ちだったからね。彼、そのことすごく怒ってたみたいだったけど」


「⋯⋯あぁ」


 頷き、タクミは思案を巡らせるように顎に手をやった。


「グラザムバルドのやつ、自分を蘇らせたやつがいるって言ってた。魔王じゃなくて、魔王よりもっと強いやつだって」


「⋯⋯でまかせじゃないのか? 魔王よりも強いやつがグラザムバルドなんかに構うとは思えないけど」


「⋯⋯だといいけどな」


 そして、タクミは立ち上がり、僕もその手を借りて立ち上がる。


「なぁ、俺ら、魔王倒したら伝説の勇者みたいな感じで語り継がれることになんのかな?」


「そりゃ、そうなるだろうね。魔王の討伐は人類の悲願みたいだし」


 僕の言葉に、タクミは明るい表情をさらに綻ばせた。


「タクミ? どうしたの? そんなニヤニヤして」


「いやさ、俺、昔正義のヒーローってやつに憧れてたんだよな。⋯⋯笑うなよ!?」


 思わず吹き出した僕にタクミが顔を真っ赤にして叫ぶ。あまりにも、あまりにもそれらしい動機だ。


「カズトもあるだろ!? そういうのさ」


「⋯⋯あぁ、わかる。わかるよ」


 事実だ。憧れはときに人の目を曇らせ、その道を狂わせる。どうしようもない事実だ。

 ゆえに、僕はタクミの憧れを誰よりも理解しているはずだ。僕ほど憧れに追いすがった人間はいないだろう。


「⋯⋯そろそろいこうか。さっさと魔王を倒そう」


 目標の達成が目前まで迫っていることを感じて、無意識のうちに足が速まる。

 タクミもそんな僕に並ぶように歩きながらこちらへ拳を突き出した。僕らは再び拳を触れ合わせた。


「絶対、魔王倒そうな。そんで——」


「——そんで?」


 タクミはにっと笑った。


「一緒に英雄になろうな!」


 あぁ、違う。違うんだよ。タクミ。

 君と僕では目指す先が違うんだ。同じ憧れを抱いて、同じ旅路を歩んでも、その結末はどうしようもなく決裂するべきなんだ。


 君が英雄に憧れたのと同じくらい——いや、それ以上に、僕は『悪』に惹かれたんだ。


 悲劇の引き金を引くものになりたかった。善性を嘲笑するものになりたかった。人の心を掌の上で弄ぶものになりたかった。どこまでも俗物的な、下卑た笑みを浮かべる怪物になりたかった。

 英雄の前に立ちはだかり、悪逆の限りを尽くし、そして最後は華々しくその魂を散らせる——そんな魔王になりたかったんだ。


 僕のどうしようもない性質はなにも、異世界に転生したことによって開花したものじゃない。


 マリのラブレターを暴いたのが僕だと知ったら、君はどんな顔をするだろう?

 グラザムバルドを蘇らせたのが僕だと知ったら、君はどんな顔をするだろう?


 軽蔑し、僕を友と呼んだことを後悔するだろうか。それとも、真実を知ってなお道を踏み外した僕を友と呼び、救おうとするのだろうか。


 どちらでもいい。どちらでも、きっと僕に相応しい結末になる。

 英雄譚には越えるべき壁が必要だ。魔王なんかじゃ君の相手にならない。ならば、僕が最後の敵として君の前に立とう。

 僕は山脈を貫いて彼方にそびえる魔王城を睨みつけた。決別の日は近い。


 『絶対悪』を殺すのは、いつだって究極の正義だ。


カズトを女にしようか迷ったけど、そうしたら『破滅願望のある少年』というよりただのヤンデレになりそうだったからやめた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 読みやすく、適切な分量で楽しく読ませて頂きました。 こういう対照的な二人の物語好きです。 最後まで書き切らず、余韻を残す終わり方が素敵でした。 [気になる点] タイトルがネタバレになってな…
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