第九話
「乾杯!乾杯じゃ!!」
日が傾く夕方、いつもの土手の橋の下。どこから用意したのか、轟達三人は酒を片手にしていた。
あれから二ヶ月弱。二人は順当に試合に勝利していき、轟が170位、翠が174位にまでランキングを上げていた。
「へへへ全く・・・もうおめえらこのランク帯には敵はいねえな。この調子で150・・・いや、100位越えまで上り詰めてくれや。」
ほんの一口ばかり酒を飲んだだけなのに、厳八は早くもほろ酔いだった。
「おいおい、目指すはチャンピオンだろ?この程度で満足しててどーすんだよ。」
満足気に轟達も酒を飲もうとした。
その時・・・
パチパチパチパチパチ・・・!
何処からか響く拍手の音に、一同は辺りを見回した。
見ると背後に長髪長身の男が一人。轟達と同い年か少し上か・・・。男はおもむろに近付いてきた。
「ランク180・・・170だっけか?どっちでもいいや。ともかく、おめでとう。・・・やれやれ、話は聞いていたが本当にひでえ所だな。」
きょろきょろと辺りの設備を見ながら男は呟いた。
すかさず轟がつっかかる。
「何だ・・・てめえは?」
「俺かい?俺は満田ファイターズジム所属、飛岩雅也ってんだ。別にあんたに用があって来たんじゃない。用があるのはそっちの坊やさ。」
クイッと飛岩は顎で翠を指した。
「あん?満田ファイターズジムだと・・・?」
事情を知らぬ轟は目を丸くしている。
しかし翠は嫌な汗を額に浮かべた。
「・・・あの話なら断ったはずだが。」
「ああ、でもウチの会長は諦めきれぬそうでね。」
「おい!何の話をしてやがるんだ!」
野獣のような面持ちで割り込む轟を飛岩は怪訝そうに見た。
「・・・なんだ知らないのかい。ウチの会長はそこの翠君に心底ゾッコンみたいでね。直々に勧誘して来いとのご命令なのさ。まあ俺がきたところでどうこうなる話でもないと思うが・・・。」
「何だと?・・・おい翠、本当かよ?」
「・・・少しそんな話を持ちかけられただけだ。勿論受ける気はねえ。」
力強く否定する翠に轟はほっと安心したような笑みを浮かべた。
「・・・へっ、そうかい。・・・だとよロン毛野郎。とっとと帰りやがれ。じゃねえとここでたたっ殺してやるぜ。第一、翠にスカウトが来てこの波風轟様に誘いが来ねえのが気に入らねえな。・・・ここでてめえをボロゾーキンにして満田ジムに送り返してやれば俺にもスカウトが飛んでくるのかな?」
瞬間、退屈そうに顎を掻いていた飛岩が動きを止めた。
「・・・ん!・・・なるほど、わざわざ会長が俺を遣わした訳が分かった気がするぜ。・・・良いよ、かかってきな。雑魚扱いされてトサカにきてるんだろ?」
ニヤニヤと笑みを浮かべながら、飛岩は構えをとった。
「・・・!そうかい、そっちがその気なら行かせて貰おうじゃねえか。・・・いくぜ。」
「ま、待て轟!何をする気じゃ!」
これまで置物のように黙り込んでいた厳八が止めるのも聞かず、轟は飛岩に殴りかかっていった。
相手の実力は未知数、対して轟にはこれまでの連勝から来る驕りがあった。
・・・だが、それを差し置いても圧倒的だった。
轟が得意とする左ジャブから膝蹴りへの三連打・・・飛岩はそれを目にも止まらぬ速さでいなすと、轟の側頭部に痛烈な拳をぶち込んだ。
どがっ!轟の体が吹っ飛ぶ。
「轟!・・・てめえ!」
友がやられたのを見て、激怒した翠が飛岩に突っ込む。
「やれやれ、あまりあんたに怪我させたくないんだが・・・仕方あるまい。」
飛岩は翠の攻撃も簡単に避けると、今度は先程轟に受けた三連打をそのまま翠に御見舞した。
それは轟の物と同じはずなのに、タイミングや技のキレが違うだけで、全く別の技にさえ見えた。
「がはっ!」
今度は翠の体が宙を舞う。どさりと音を立て彼は地に叩きつけられた。
(馬鹿な・・・まるで俺の動きの全てを分かっているかのように完璧なタイミングで打ってきやがった。見えていたのに・・・動けねえ。)
加えてたったの数発受けただけとは思えぬダメージだ。翠は起き上がる事はできなかった。
そんな様子を飛岩はやっちまったという顔で見ていた。
「・・・いけねえ、やりすぎちまったな。今日ん所は引き上げますよ。会長には内緒にしといてくれよな。」
そう言いながら背を向けようとした瞬間・・・
「・・・待てよ。」
ぴくっ、飛岩は動きを止め振り返った。そこには煮えたぎる目でこちらを見ながら立っている轟の姿があった。
「俺はまだおねんねしちゃいないぜ。勝手に勝った気になられちゃ困るな・・・!」
「・・・へえ、結構強めに打ったんだけどな。じゃあ次は半日は寝かしつけられるような強烈なのをプレゼントしてやろうかね。」
そう言うと今度は飛岩が轟に突っ込んだ。どんな足さばきをしているのだろうか・・・驚異的な加速だ。瞬く間に距離を詰めると、素早く二発の拳を叩き込んだ。
どさっ、再び彼の体が地に伏す。飛岩はサッと拳を拭うと今度こそ背を向け帰ろうとした。
・・・ぴたり。数歩歩いた所で足が止まる。背後から感じる激しい殺気に気づいたのだ。
「やれやれ・・・まだやる気なのかい。」
「・・・当然だ。俺かてめえがくたばるまで終わらねえよ。」