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明日なんて来ない  作者: クロット
6章 明日なんて来ない
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第八十二話

「どう・・・まだ戦える?」

麗華が転倒の際に擦りむいた轟の膝を消毒しながら問う。


「ああ・・・とはいえ薬は完全に切れちまった、もう打つ手は・・・。何か方法はあるか・・・?」


麗華は唇を噛んだ。

「翠とは私も戦った事があるけど・・・正に完全無欠、弱点なんて見つからない。・・・だけどまだ可能性はあるよ。轟、君にはね・・・。」


すると彼女は立ち上がり、轟に耳打ちした。それはおよそ信じ難い戦法だった。あの翠に通じるとは考え難い・・・。



しかし、轟は惑わず答えた。

「・・・分かった。信じるぜ、麗華。見ててくれ・・・恐らくこれが最後のラウンドになる。」


無言で麗華がうなづく。

同時に、ラウンド開始の鐘が鳴った。



(行くぞ轟・・・今度こそ決着だ。)


翠がトドメを刺すため踏み出そうとしたその時だ、轟はそれより先に行動を起こした。


「うらああああ!」

コーナーから全力疾走、思い切り飛び蹴りを放つ。


「・・・っ!」

翠は気圧されながらも何とか身を屈めた。キックが頭上を飛び越える。


「まだだ!」

叫ぶと、轟は翠が振り向くのとほぼ同時に彼の髪の毛を掴んだ。そしてそのまま顔面に膝蹴りを叩き込む。

翠も打たれながら何とかパンチを返す・・・だが轟はしゃがんでそれを避けつつ、翠の鼻先に頭突きをぶち込んだ。


『ああーっと!!波風選手の獣のような本能剥き出しの猛攻に・・・なんとチャンピオン押されています!!』

突然の事態に会場が静まり返る。



ふと、片隅にいた三輪が口を開いた。


「そうだ・・・これこそあの男だ。奴のこの荒々しさが俺をワールドチャンピオンズファイトに引きずり込んだんだ・・・。」


同様に、不良のリーダーも語り出す。


「喧嘩だ・・・これは喧嘩じゃねえか。・・・ああ、そうだよ。正しく俺の知ってる轟だよ。喧嘩なら誰にも負けない・・・最強の・・・!!」


前のインターバル、麗華は轟にまさしくこう指示した。

喧嘩だと思え、喧嘩のつもりで戦え・・・と。


チンピラの喧嘩などとは一線を画すテクニックが要求されるワールドチャンピオンズファイト・・・相手はその最高峰の男だ。一見無謀にも思えるこの作戦だが、実は何より理にかなっていた。

轟の本来の戦い方は正に喧嘩スタイル。物心付いてから15年以上の年月をかけて培われた物だ。

しかし厳八にファイトスタイルを叩き込まれてからというもの、彼はそれを意識するあまり・・・実にぎこちない戦い方になってしまっていた。

頭ではファイトをしようとするが、体には喧嘩が刻み込まれている・・・。


以前麗華は一目でそれを見抜き、彼にパンチの打ち方だけ指導した。その時も、轟はたったそれだけで見違えるようにパワーアップしたのだ。



そして今回、麗華はその全てを取り払った。

本来の轟を復活させたのだ。

ファイトではなく、喧嘩をさせる事によって・・・!



すっ・・・!

轟の足払いが翠に決まる。そしてすかさず剥き出しになった背中に肘打ちをぶち込む。


『ああっ、チャンピオンなんとダウン!ダウンしてしまいました!!これはどういう事でしょうか・・・ファイトを極めたチャンピオンにとって、逆に喧嘩のような奇想天外な動きは読みづらいという事なのでしょうか?』

『それもありますが、チャンピオンはこれまでのラウンドでダメージを受け過ぎたのと・・・そして何よりも、波風の行っているあれはただの喧嘩殺法ではありませんよ。ただの喧嘩なら・・・意表を突かれることさえあれど、チャンピオンがここまで押される事は無いでしょう。きちんと盛り込まれているのです・・・彼の動きにはファイトの意匠が・・・!!』


そう・・・解説の今井が語る通り、轟の戦い方はただの喧嘩では無かった。


一見攻撃一辺倒に思える動きだが・・・きちんと自身の隙を把握し、相手の反撃を許さないように攻める。どの攻撃を何処に打ち込めば効果的で、相手の出鼻を挫けるのか・・・実に見事に計算されている。

十分に、轟の戦い方にはファイトらしいテクニカルさが備わっていたのだ。


轟はそれを無意識の内に行っていた。頭では常に麗華に指示された喧嘩の立ち回りを意識している。だが長い間行ってきたファイトのトレーニングは、自然と彼の喧嘩にその技術を取り込ませた。


無駄では無かったのだ・・・厳八と共に歩んだ時間は・・・共に掴んだファイトの極意は。


そして今ここに完成したのだ。滅茶苦茶な喧嘩殺法に、隙の無いファイトのスタイルを盛り込んだ・・・最強の喧嘩屋ファイター・・・波風轟が。



しかし翠は強い。伊達にここまで上り詰めてはいない。

次第に轟のその複雑で、読みづらい動きを看破し始めていた。


膝蹴りを避け・・・出来た隙にスピードパンチを打ち込む。しかしここで深く攻め過ぎれば相手の組み技の餌食になる。故にバックステップで距離を取る・・・。

ここまで打たれてなお、翠の冷静で軽やかな動きは健在だった。

勿論轟もただ翻弄されるばかりではない、何とか隙を見つけては一撃でも攻撃を当てていく。


「おっおっおっ・・・すげえ!」

「行けえ!そこだ!!何やってやがる波風!!」

「うおおおおお!!!ぶちかませ!!」


あれほど轟を罵り、毛嫌いしていた観客達も・・・いつしか最強のチャンピオンと互角に渡り合うその姿に目を奪われていた。



そして・・・徐々に試合の流れは翠に完全に傾き始めていた。


その強烈な拳に、蹴りに・・・轟が倒される。


「轟・・・!」

かき消されるような声で、麗華が悲痛の叫びをあげた。


(・・・く、大丈夫・・・あと少し、俺はまだやられはしねえ・・・)

轟は虚ろな目で立ち上がった。その額は裂け、溢れる流血が彼の視界を歪ませる。



そして、ぼんやりとした頭の中で・・・その言葉は彼に語り掛けた。

忘れる事など無い、大切な師の言葉だ。

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