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明日なんて来ない  作者: クロット
6章 明日なんて来ない
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第八十一話

「・・・くそっ・・・!」


目を覚ました飛岩は慌てて飛び起きた。もう試合は始まってしまっているだろうか。急いで控え室の扉に手をかける。


ぬめり。妙な感触に彼は思わず手を離した。


(うっ・・・!これは・・・!?)

血だ。そのドアノブには血がべったりと付いていた。

ゆっくりと扉を開き外を確認する。そこで飛岩は凄まじい物を見た。


「・・・ああっ!」

そこには血溜まりが点々と、入場口の方へと続いていた。


「轟・・・お前は・・・!」

飛岩はリングへと急いだ。



「全く、なんて無茶をするんじゃ・・・」

満田が救急箱を開きながら言う。翠は何とか第1ラウンドを耐えきっていた。


「・・・大丈夫だ、あんな攻撃では俺はやられはしない。」

どうということは無い・・・そんな顔をしているが、彼の胸に刻まれた大痣はそのダメージを明確に示していた。


「よいか、今度こそ逃げ回って・・・」

しかし翠は満田の指示を拒否するように勢い良く立ち上がった。


「その必要は無い、このラウンドで決着を付ける。」


続く第2ラウンド、翠は宣言通り猛烈に攻め込んだ。荒々しく何度も攻撃を仕掛ける。

一方で、轟も反撃の手を止めない。何度も何度も翠の攻撃を喰らいながらも、怯まずに強引に強烈な一撃を返していく。

その拳は少しずつ翠を捉えようとしていた。


「な、これではあまりに翠君が不利ではないか!!」

満田が慌てる。それもそうだ・・・何をしても怯む事さえない轟と、一撃でも喰らえば致命傷となり得る翠。どちらが有利かは火を見るより明らかだ。


・・・しかし、満田と同じくセコンドにつく遠藤はたじろがなかった。


「いや・・・俺には分かったかもしれません、にーちゃんの策が・・・!」


ぶおん!またも轟の大振りが空を裂く。紙一重だった。翠はギリギリそれを避けた。


「・・・へっ、よく避けたじゃねえか。だが、これで終わりだぜ・・・!!」

叫びながら轟は拳を振り上げた。しかし・・・


ぴたり、突然その動きは止まった。


(うっ・・・!?馬鹿な、まだそんなはずは・・・。あまりにも早すぎる・・・!)

自身の体に起こった異変・・・。轟は経験からその正体に気付いていた。


5分ほどしか経っていないというのに、薬が切れ始めたのだ。


翠もまた、轟の動きが急に鈍くなったのに気付いた。

(・・・!ここだ・・・!!)


ジャンプしながら・・・その身を後ろに反らせる。

それは、追い詰められてからこそ生きる必殺の一撃。


普段の轟ならば・・・恐らくそれを回避できただろう。あるいは先にそれを放っていたかもしれない。だが、今の轟には決まった。


ばきっ・・・!!

鋭い打撃音が辺りに響く。


『出たァー!チャンピオン必殺のムーンサルト!!波風選手のお株を奪うような強烈な一撃だーっ!!』

実況の叫びに合わせ遠藤は興奮し目を輝かせた。


「やっぱりそうか!にーちゃんはこれを狙ってやがったんだ!!一発逆転のムーンサルトを!!」

「なんと!!」

満田もその隣で歓喜の表情を浮かべている。


「わーっ!やった!」

「流石だぜチャンピオン!!」

観客達も次々喜びの言葉を口にした。


だが、次の瞬間彼等は凍り付く事となる。


・・・ゆらりと、轟が立ち上がったのだ。


『な、なんと波風選手立ちました!!まさかムーンサルトさえも効かないというのでしょうか!?』


しかし、立ち上がった彼の様子は何処かこれまでと違っていた。


「・・・へっ、まだ・・・まだやれるぜ。」

意気揚々と翠に突っ込むが・・・そのパンチにはこれまでのようなスピードは無い。


(何だ・・・?何かを狙っているのか?)

戸惑いながらも、翠はそれを容易く躱した。


「・・・くそっ。」

何度も轟は攻撃を繰り出す・・・がやはりそれは命中しなかった。


「翠君!チャンスじゃ!!反撃を・・・!」

「・・・!」

満田に諭され翠は急いで蹴りを繰り出した。


ごきっ・・・!

容易く命中したそれにより、轟は吹っ飛んだ。


『なんと、波風選手2度目のダウンです!!これはどういう事か・・・?やはり先程のムーンサルトが効いていたのでしょうか?』


「ぐっ・・・この野郎・・・!」

息を切らしながら・・・轟は辛うじて立ち上がった。その額には大量の脂汗を浮かべている。見るからに辛そうだ。


その様子を見て翠は気付いた。

いや、翠だけではない・・・会場の何人かの人間は気が付いた。


「おい、もしかしてあいつ薬が切れてるんじゃないのか・・・?」

「・・・!そうだ、間違いねえ!ドーピングの効果は切れてるぞ!!」

「行け、チャンピオン!!奴が薬を補給する前にやっちまえ!!」


自然と沸き起こる押せ押せコールに、轟は苦笑いを浮かべた。

(心配するなよ・・・どーせもう薬の予備はねえさ。・・・それにやはり翠はとんでもねえ奴だった。ドーピングしてなお、俺と五分に・・・いや、それ以上の強さを見せてきやがった。ちくしょう・・・これで終わりなのか、もう打つ手はねえのか・・・。)


満身創痍、諦めさえ仄かに湧き上がる中・・・それでも轟はもう一度翠に向かっていった。大きく振りかぶり拳を振るう。

しかしもはやそれは攻撃と呼べるレベルの物では無かった。虚しく翠の横を空振り、反動で轟は転倒してしまった。


「ハッハッハ!ざまーねえぜ!!」

観客達の笑いが巻き起こる。


「轟・・・。」

対戦相手の翠さえも、同情の視線を送った。

(もう辞めるんだ・・・これ以上何の意味がある・・・。)



カァァン!!ここでラウンド終了の鐘が鳴る。


すると審判は急いで轟に駆け寄った。

「波風・・・大丈夫か、まだやれるのか?棄権するか!?」

「・・・。」


しかし轟は何も答えず、ふらーっと立ち上がり自身のコーナーへと向かった。誰もいない、一人ぼっちのコーナーへと・・・。

足が重い。目さえも霞んでよく見えない。コーナーまでの数メートルが果てしなく遠く感じられる。


(ううっ・・・駄目なのか、やはりどうしても翠には勝てないのか・・・っ!)


瞬間・・・轟は足を引っ掛け、つまづいてしまった。またもや転倒・・・そう思われた時、誰かが彼の体をがしりと支えた。


(何だ・・・誰だ、一体誰が・・・)

ゆっくりとぼやけた轟の視界がクリアになっていく・・・。するとそこには・・・


麗華がいた。


「麗華・・・お前・・・。」

「轟・・・何も言わないで・・・。今だけは私にそばにいさせて・・・君のセコンドとして付いてるから」

麗華はそう言いながら目を瞑り俯いた。きっとまた拒絶される・・・そう思っていたからだ。


だが、轟は掠れるようにこう返した。


「そうか・・・ありがとう。」

「・・・!」

麗華は目を潤ませうなづくと、彼を連れコーナーへと戻った。



その様子を、翠はじっと見ていた。


「どうした翠君!?早く戻ってくるんじゃ!」

「ああ・・・。」

満田に急かされコーナーへと戻る。


(それでも・・・勝ちだけは貰うぞ・・・!)

心の中で、彼は呟いた。


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