第八十話
『さあ・・・いよいよ今年もこの時がやって参りました。ワールドチャンピオンズファイト・・・その頂点を決める超決戦!!ご覧下さい、この広い会場に所狭しと集まった大観衆を!チャンピオンが変わろうとその熱気は些かも衰えません!!』
実況の叫ぶ通り、会場には凄まじい人数がごった返していた。
轟の住まう僻地田町の面々や蛭川の組のヤクザ、翠のジム関係者・・・それからワールドチャンピオンズファイトのランカー達も上から下まで殆どの選手が集まっている。
そんな彼等の視線を全て浴びながら・・・翠は満田と遠藤と共に現れた。静かに手を挙げ声援に答える。
「来たあ!チャンピオンだ!!」
「ドーピング野郎なんて畳んじまえ!!」
およそこの会場の99%は翠のファンだった。つまり、ほぼほぼ全員分の声援が送られる。それはとてつもないものだった。
そしてすぐにその歓声は真逆なものへと変わる事となる。
・・・轟が現れたのだ。
蛭川のいない今、またしても1人で・・・。観客達には目もくれず沈んだ目で入場してくる。
「死ね波風!!」
「てめえチャンピオンを待たせるたあどういう了見だい!」
「・・・轟君、頑張れ!!」
凄まじい罵声が一斉に投げかけられる。配達屋の吾郎辺りが発する声援などまるで意味をなさなかった。
『相変わらず凄いですね・・・このタイトルマッチでは基本的に声援はチャンピオンよりになりがちですが、ここまで一方的なのは初めてじゃないですか?』
『仕方ないとはいえ非常に残念です・・・。薬などに頼らずとも、波風にはこのカードを実現させるだけの可能性は十分にあった。もしそうすればこのような結果にはならなかったはずです。』
解説のビスマルク今井は無念そうに顔の前で手を組んだ。
「よいか翠君。あんなとんでもない薬の効果がいつまでも続くはずは無い、ひとまず逃げて逃げて逃げ回るんじゃぞ。」
支度を整えながら満田が言い聞かせる。
・・・しかし翠にはそんな気は毛頭なかった。
例え相手がどんな方法でどんな手を使おうとも、自分にはそれを真っ向から受ける義務がある。
それが轟に対して出来る唯一の事だと・・・彼はそう考えていた。
・・・万を辞して、ついに2人はリングへ上がった。轟は不敵な笑みを浮かべながら翠に声を掛ける。
「へへ・・・嬉しいぜ。何にせよこうしてお前と決着を付けられるんだからな・・・。天国のオッサンもさぞ喜んでるんじゃねえか?いや、そもそもちゃんと天国に行けてるかな・・・。」
「・・・。」
翠は何も答えずじっと轟を見ていた。
カァァン!!試合開始の鐘が鳴る。
その行く末は破滅か栄光か・・・彼等の最後の戦いがついに始まった。
・・・試合が始まってすぐ、轟は観客を挑発するかのように皆に見えるように注射器を取り出した。・・・蛭川から受け取った最後の1本だ。笑みを浮かべつつそれを打つ。
・・・どくん!
「・・・っ。待たせたな・・・それじゃあ始めようか!!」
瞬間、轟は飛び出した。狂気の拳が翠に襲いかかる。
しかし彼は、それを容易く避けた。
「・・・く、ちょこまかと・・・。」
苛立ちながら轟は再び仕掛ける。・・・だがこれもまるで命中しなかった。
その様に、翠は眉を顰めた。
(これが・・・これがあの轟なのか。)
ずっと見てきた轟のパンチ。背を合わせ共に戦い・・・憧れさえ抱くこともあった、強くしなやかなパンチ。・・・その面影はもうどこにも無かった。
速さと重さこそあるが、直線的で実に読みやすい死んだパンチ。
前年のチャンピオン戦でその究極の防御を身に付けた翠にとっては・・・それは敵では無かった。
ばごっ・・・!
翠は轟のパンチを掻い潜り、その側頭へ強烈な一撃を放った。
『ああーっと!!決まった、チャンピオンの強烈なパンチが命中・・・いや!?』
だが轟はぐらりともしなかった。
・・・そう、これは正に彼のこれまでの勝ち方と同じ流れだった。
相手の攻撃を意に介さず、殴られようが蹴られようが強引にドーピングした一撃を放つ。
そこだけ聞けばあのダブルソードカウンターのようだが・・・その最大の違いは、わざわざ相手の攻撃後の隙を狙わないという点にあった。
相手が何をしていようが関係ない、攻撃してこようが防御してようが逃げようが・・・無理矢理その一撃で叩き潰すのだ。
そして、今回も轟の強引な大振りの一撃は決まった。翠の顎先に・・・。
「・・・がっ!!」
翠の体は上空数メートルまで跳ね上がった。
どちゃり!やがてその体は重力のままに地面に叩き付けられる。
『なんとこの試合・・・先にダウンしたのはチャンピオンです!!これは立てるかー!?』
「翠君!!」「にーちゃん!!」
セコンド陣は悲鳴を上げた。
会場中がまさかの事態にざわめく。
さしものチャンピオンもあの憎きドーピングには敵わなかったのかと・・・皆が諦め始めていた。
・・・だが、そんな皆の思いとは裏腹に翠はゆっくりとその身を起こした。
「・・・はあ、はあ。」
やはりダメージは大きいらしく、ロープへとよろける。
・・・しかし、あくまで力強く彼はこう言い放った。
「効かない・・・こんな力だけでなんの熱も思いも篭っていないパンチなどはな。百発喰らおうが千発喰らおうが効きはしねえ・・・。」
ぴくり、ほんの少し轟は眉を顰めた。そしてその言葉を試さんとばかりに、攻撃を仕掛ける。
ずんっ・・・!
強烈な蹴りが翠の腹に決まる。
・・・だが、今度は彼は倒れなかった。
「おおおおおっ!!」
攻撃を耐えると、翠は轟に殴りかかっていった。




