第七十九話
ついに、その時はやって来た。
チャンピオン御影翠VS波風轟のタイトルマッチ・・・。
ワールドチャンピオンズファイトのその巨大な会場には、通路さえも埋め尽くすほどの客が集まっていた。
外道ドーピング野郎に我等がチャンピオンはどう立ち向かっていくのか、そしてそれをどう成敗してくれるのか・・・皆の期待はそこに集まっていた。
そんな表の盛り上がりとは裏腹に、轟の控え室は静まり返っていた。
「・・・。」
黙々と支度を整える。
その時、突然控え室のドアが開いた。
現れたのは・・・飛岩雅也だった。
「・・・どうした。まさかこの間の試合もドーピングしていただろとクレームでも入れに来たのか?・・・お前が不正さえ働かなければ今日翠と戦うのはこの俺だった・・・ってな。」
冷ややかに轟が尋ねる。
「・・・あれは正々堂々、正に真っ向からのぶつかり合いだった。それで俺は負けたんだ・・・。この飛岩がそんな事も分からぬとでも思っているのか?」
飛岩は目を閉じたまま真剣に答えた。すると、轟は茶化すように笑う。
「怒るなよ・・・分かってる、俺を咎めに来たんだろう?インチキは辞めましょう・・・ってか。」
「・・・違うな。薬に手を出してでも翠と戦おうというのは・・・残念ではあるが、俺は別に止めやしない。・・・だが、お前は本当に戦えるのか?」
きっ・・・と、ここで飛岩はその目を見開き続けた。
「死ぬぞ・・・轟。今のまま翠と戦えばな。もうお前の体はとっくに試合などできる状態ではない・・・そうだろう?」
「うるせえな、そんな事はどうでもいいんだよ・・・。試合ができるとかできないとか・・・生きるとか死ぬとか・・・そんな事は関係ない。たとえもうこの体が使い物にならないとしても、指先の一つでも動く限り・・・奴とは決着を付けなきゃいけねえんだ。」
「だが・・・いや、」
しかし飛岩は、何かを言おうとしてやめた。
ふっ・・・と、構えを取る。
「良いだろう・・・もう何を言っても無駄なようだからな。力ずくで止めてやる。」
ニヤリ、笑みを浮かべながら轟もそれに応じた。
「へっ・・・その方が良いや。邪魔する奴はぶっ殺してやる・・・誰だろうと・・・」
だが、轟はここでいきなり前のめりに倒れた。
どさりと・・・受け身も取らずにそのまま地面に打ち付けられる。
「おい、轟!?」
慌てて飛岩が駆け寄り彼を抱き抱える。
「・・・どうした?しっかりし・・・うっ!」
その瞬間・・・轟は飛岩の腹部に拳を放った。不意を突かれ、飛岩が失神する。
「何でもねえよ・・・ちょっと目眩がしただけさ。」
呟くと、轟はよろよろと立ち上がり控え室から出ていった。
・・・一方、翠の控え室。
彼もまた思わぬ訪問者を迎えていた。
満田や遠藤に「すぐに自分も向かう」と伝え、一足先に外に出させると・・・翠は訪問者に話し掛けた。
「どうして俺の所へ来た・・・麗華。」
「試合前の大事な時間だってのは分かってる・・・でも、どうしても大切な話が合って来たんだ。」
麗華は真剣な目で翠を見た。・・・すると彼は視線を逸らした。
「お前がここに来た理由は分かっている。試合を止めに来たんだろう?轟を救う為に・・・。悪いが俺は降りる気は無い、試合を止めたいなら奴に直接言うんだな。」
轟が今更試合を辞める筈などない・・・翠はそれを分かっていながらあえて意地悪く言った。
彼女と話していると、決心が揺らいでしまいそうだったから・・・。
そして彼は視線を合わせずに、控え室から出ようとした。
しかし麗華が・・・翠の前に立ちはだかる。その目に涙を溜めながら・・・。
「勿論轟には死んで欲しくない。・・・でもね、それは君も同じだよ・・・翠。君だって私にはとっても大切な人なんだ。・・・今の彼と戦えば絶対に君もただじゃ済まない。あの人にはもう私の言葉は届かない・・・でも君は違う。私は君にも生きていて欲しいんだ、お願い・・・!」
すると翠は・・・ぎゅっと麗華を抱き締めた。
「ずるいんだな・・・お前は。俺はお前に頼まれたらどんな願いも受け入れてしまうし、叶えてやりたいと思ってしまう。・・・だが、これだけは駄目だ。奴は・・・奴ほどの男が命まで掛けたんだ・・・!俺にはその挑戦を受ける義務がある。チャンピオンとして・・・友として。だから、これだけは譲れねえんだ。」
そう言うと翠はそっと麗華を離し控え室から出て行った。
「・・・うっ、ううっ・・・。」
一人残った麗華は・・・泣き出し崩れ落ちた。




