第七十三話
聡との試合から一ヶ月少々。
轟は続く第2戦に勝利し、無事チャンピオンチャレンジャートーナメント決勝へと進んだものの・・・その身を襲う激痛はより増していた。
「ぐううう・・・わあああ!!!」
テントの前で絶叫する。
蛭川はそんな彼の姿をじっと見ていた。
「波風さん・・・。」
「はあっ・・・平気だ。それよりも、ここんところやけに薬の持続時間が短くなってやがる・・・どういう事だ。」
言いながらも、彼は嘔吐した。血が混ざっている。
「薬の効きが悪くなっているんでしょう。次の試合・・・並の相手ならともかく、決勝ともなると途中で打ち直さねばならないかもしれません・・・。」
インターバルの間に打ち直せば、確かに薬の効果を持続させる事ができる。
しかしそれは・・・それだけ体が侵されるスピードも上がるという事だ。
「何だ・・・そんな事か。なら構わねえ、次の試合・・・ありったけ用意してもらおうか。あのレンを相手にしたら1本2本じゃ足りねえはずだぜ。」
轟は軽く言ったが、蛭川は眉を顰めるばかりだった。
彼は当然知っていた。薬が効かなくなってくるというのが、どれだけ彼の体が破滅へ進行しているのかを・・・
一方、レンは決勝・・・ひいては翠とのタイトルマッチに備えその技に磨きを掛けていた。
彼には絶対の自信があった。今の自分なら必ず翠に勝てると。・・・そしてそれを裏付けるだけの奥義もあった。
この日の彼の特訓メニュー・・・それは、爪ほどの大きさの小石に片足で立っての瞑想だった。
彼程の達人になれば・・・嵐が吹こうが槍が降ろうが、丸一日集中が解かれる事は無い。
・・・だが、その集中を途切れさせるほどの男は瞑想を始めてすぐに現れた。
「・・・あ、貴方は・・・チャンピオン!!」
「へへっ、チャンピオンはねえだろ・・・俺はとっくに引退した身だぜ。」
レンの前に現れたのは・・・かつて20年その座を守り抜き、翠と激闘の末その座を譲った元チャンピオンだった。
翠に敗れてすぐ、彼は引退を表明した。年齢を考えればおかしくないことだったのだが、それまでの溌剌とした全盛期と幾分違わない試合の光景から、引退を惜しむ声も多かった。
そして一年近く経った今も、彼をチャンピオンと呼び続ける者は多い。
「そのあなたが何故ここへ・・・?」
レンが尋ねると、チャンピオンは頭を掻いた。
「まあ、それは・・・。単刀直入に言うぜ、また戦いたくなった。」
ニヤリと笑いながら彼は続けた。
「俺が引退した途端これだもんな・・・波風なんつう面白いのが出てきたし、御影の奴ともまた戦いたい。・・・それにレン、お前さんもちょっと見ないうちに随分と腕を上げたようじゃねえか。」
ヒヤリとするような見透かしに、レンは苦笑するばかりだった。
「チャンピオン、あなたの企みが何となく分かりましたよ。真っ先に私の前に現れた訳もね。」
「へへっ、そうかい。・・・そうさ、考えたんだ・・・その3人と全部戦える美味しい方法がある事をな。」
そう言うと、彼は構えた。
「俺と戦えよ、レン。チャンピオンチャレンジャートーナメント決勝の切符を掛けてな。・・・勿論、これは俺の勝手な我儘だ。普通に考えていきなりお前に挑む資格はねえ。文句があるなら・・・今すぐ他のトーナメント参加者を全員、張り倒してくるぜ・・・!」
「フフ、フハハハハ!!」
飛び抜けた提案に、レンは笑うばかりだった。
「・・・いや、その挑戦受けよう。正直ずっと考えていたんだ。もしこのまま翠を倒してチャンピオンになったとして、それで良いのかと。・・・やはりあなたを倒さずしてチャンピオンの座は有り得ない。・・・さあ、始めよう。」
ニヤリ。2人は開戦の視線を交わした。




