第七十話
試合開始と同時に、三輪は深く飛び込んだ。
轟のパンチは大振りの一撃必殺・・・ならば距離を詰め当たらぬ位置からコンパクトに攻めるのだ。
ワールドチャンピオンズファイトはこの喧嘩の天才に、理にかなったテクニックをも身に付けさせていた。
三輪が轟の顎下で屈む。轟は何の抵抗もなくそれを受け入れた。
(・・・随分容易く懐に入れてくれるんだな。・・・これでは、このまま打ち込めるではないか・・・!?)
余りに隙だらけの相手に逆に三輪は惑ったが、そのままチャンスを掴むべく・・・渾身のアッパーを放った。
ごきっ!!
『おっと三輪選手強烈なアッパーカット!!これは流石の波風選手も・・・!』
だが、轟は顔だけ上を向いただけだった。すぐに視線を三輪に戻す。
・・・先程と同じ、無機質な目で。
(・・・!その目で・・・その目で俺を見るな・・・!!)
再び三輪が攻撃を仕掛けるが、轟はそれより早く彼の腹部に膝蹴りを入れた。
どぐしゃん!!
次の瞬間、三輪はコーナーポストに磔になっていた。べきべきと音を立てそれもへし折れ、三輪は地に伏した。
『あー!波風選手凄まじい反撃です!!これは立てません・・・。』
三輪を応援する声も、轟を詰る声も・・・その圧巻に完全に止んでしまった。
轟はそのまま、背を向けリングを降りようとした。
「待て・・・殺すぞ。」
彼を引き止めるその掠れた声に振り向くと、まだ三輪は立っていた。口からは大量の血を流し・・・その腕は折れてしまっているのだろう、だらりと虚しく垂れ下がっていた。
誰の目にも、もう戦えないのは明らかだ。
しかしその目にだけは、まだ意思が残っていた。
「来い・・・もう一度だ。」
三輪はニヤリと笑った。
「急げ!担架の用意だ!!」
「出血が激しい、輸血も必要だぞ!!」
「さあ、どいたどいた!!」
大勢の救急隊員が行き交う中、三輪は担架に乗せられ運ばれて行った。
轟はあれから・・・虫の息の三輪へ向け、審判に止められるまで何度も何度もパンチを放ったのだった。
「人殺しー!!」
「2度とリングに上がるんじゃねえ!!」
「帰り道に気を付けろよ!後ろからぶっ刺してやるからな!!」
観客の罵声は開始前をはるかに上回っていた。
『どうか皆さん落ち着いてください!!三輪選手には優秀な医師たちが付いています、どうか落ち着いて!!』
実況のフォローもまるで届きそうに無い。
「お疲れ様です。行きましょう、波風さん・・・。」
蛭川にタオルをかけられ、轟はリングを降りた。
これで彼はチャンピオンチャレンジャートーナメントへの出場権を得たというのに、その目はいくらも満足そうではなかった。




