第六十九話
ブー!ブー!ブー!
「引っ込めー!」
「死ねー!!」
この日試合に望むべく入場口を歩む轟は、いきなりブーイングの雨霰に晒されていた。
『さあ、波風選手が入場して参ります・・・凄い嫌われようですね・・・彼は。』
『当然でしょう。ワールドチャンピオンズファイトのルール無きルールは遥かな昔からファイター達の手によって作り上げられて来た。無法でありながらフェアな試合をしようという信念をそれぞれが心掛ける事でね・・・。波風はそのタブーに触れようというのですから・・・。残念です、彼の鬼気迫るファイトには惹かれる物があった。』
誰よりもファイトに携わり誰よりもそれを愛する解説の今井は、一人のファイターの没落を心から悔やんだ。
「さあ波風さん・・・今日も俺がセコンドに付かせて貰いましょう。最も、俺から出来るのはこれだけだが・・・」
リングへと登る轟へ、蛭川が注射器を手渡した。
「・・・十分だぜ。・・・蛭川さんよ、あんたは何で俺に良くしてくれるんだい。」
「・・・。ふふふ、そりゃあ俺はあんたのファンですから・・・まあ、実際はそれだけじゃない。この薬の売り込みも兼ねて・・・ね。全世界が注目するワールドチャンピオンズファイトの試合だ、宣伝の場としてはこれ以上の場所はありませんから。各国の犯罪集団がその効力に目を光らせているんじゃないですかね。」
蛭川は邪悪に微笑んだ。
「そうか・・・。まあ何でも良いさ。何にせよ、あんたには感謝してるぜ。」
そう言うと轟はリングへと上がっていった。
「・・・波風さん。」
その背中を、蛭川はその鋭い目で見送った。
・・・この日も、轟は勝利した。
そしてその次も・・・その次も・・・その次も。
満田ジム。
「翠・・・轟はまた勝ったようだな。」
飛岩が新聞を片手に言う。
「関係無い。」
翠はぶっきらぼうに言い、トレーニングを続けた。
「な・・・だがこの調子で勝ち続ければ今年の防衛戦の相手は奴になるかもしれんのだぞ。」
「ああ、だから関係無いと言ったんだ。・・・誰が来ようと叩き潰すだけだ。」
そう言うと翠はより一層トレーニングの手を激しくした。
まるで何かの思いを振り払うかのように・・・。
・・・三輪流星。
かつて轟と路上のストリートファイトで敗れたこの男は、ワールドチャンピオンファイトの舞台へと転身し・・・ランク7位までその地位を高めていた。
そしてこの日、彼はチャンピオンズチャレンジャートーナメントへの出場を掛けた大一番に望む。相手のランクは13位、勝った方がその頂上決戦へとコマを進められるのだ。
その相手とは・・・波風轟だった。
『さあさあ本日のトリを飾る大一番は・・・最強の不良からの転身、一躍トップファイターへと躍り出たこの男・・・三輪流星選手だーっ!!』
うおおおおおお!!
入場してくる彼に送られる声援は凄まじかった。それもそのはず、何せ相手は・・・
『対するは・・・禁忌に手を出し、覇道を突き進むこの男の見据える明日はどっちか・・・波風轟選手だーっ!!』
ブー!ブー!ブー!
「死ねや波風ーっ!!」
「すっこめドラッグ野郎!!」
「三輪ーっこんな奴殺したれー!!」
轟はいつも通り知らん顔で入場して来た。
リングに立ち並び、開戦間近となってもその暴言は止むことはない。
三輪は無念そうに轟の顔を見た。
「波風轟・・・残念だ。貴様の語ったワールドチャンピオンズファイト・・・その舞台は確かに有意義なものだった。だからこそ貴様との再戦を楽しみにしていたのに・・・。それがこんな形とは。」
しかし轟は何も答えずにちらりと三輪を見た。その時の彼の瞳は・・・何とも形容し難いものだった。
「・・・!!」
(何て目をしていやがるんだ・・・!)
三輪は言葉を失った。
怒りでも蔑みでもない・・・それはおよそ人に対し向けられる物では無かった。例えるならまるで扉や段差といった、無機質な障害物でも見るような・・・
邪魔なら開ける、邪魔なら乗り越える。それと同様に、邪魔するなら倒すだけとでもいうように・・・ただただ機械的にこちらを見るのだ。
(この俺など・・・まるで眼中にないという事か。)
「・・・良いだろう。ならばお望み通り殺してやる。」
三輪は構えた。




