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明日なんて来ない  作者: クロット
6章 明日なんて来ない
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第六十八話

ワールドチャンピオンズファイトの会場。


チャンピオンズチャレンジャートーナメントを目前に控えたこの時期では、自然と客の盛り上がりも激しくなる。この日も会場は大満員だった。


「さあ今宵のメインイベント、先に現れたのは・・・やはり今日も目が離せません、強者喰らいの大番狂わせ・・・波風轟選手だーっ!!」


うおおおーっ!


観客の熱い声援とは対照的に、轟は蛭川を携え静かに入場してきた。


「いいですか、波風さん。薬の効果は10分少々・・・ちょうど3ラウンドって所です。・・・まあ、要らない心配だとは思いますがね。」

蛭川がふっと笑いながら忠告すると、轟は彼の方を見ずに応えた。

「ああ・・・。」


今日の対戦相手はランク23位、ラビレール・モルトラス。恵まれた体躯と優れたテクニックを持つバランスの良い選手だった。


リングに上がると、彼は轟に握手の手を差し出した。

「やあ、君が波風か。ランクに20近い差が有りながら試合を承諾したんだ、君はさぞ私に感謝している事だろう。だがその必要は無いぞ。私は君のように大したテクニックも無いのにラッキーパンチだけで勝ちをもぎ取ろうとする男が嫌いでね・・・少し痛い目を見せてやる。」

轟は何も答えず黙って手を差し出した。


・・・瞬間、モルトラスは握手と称して彼の手を思い切り握り締めた。

べきべきべき。骨が軋む嫌な音が響く。


「ふんっ、良い試合にしようではないか・・・フハハハハ!!」

彼は笑いながらリング中央のポジションに戻った。轟も彼の前の位置につく。


だが、試合開始の鐘が鳴り響くと同時に・・・構えを取ったモルトラスは気づいた。


(・・・ん?・・・え!?何だこれは・・・)


その手は・・・指が滅茶苦茶に曲がってしまっていた。それはちょうど先程握手に差し出した方の手だった。

自分もこれでもかと力を込めていたから・・・気付かなかったのだ、その痛みに。軋む骨の音は、相手のものだと思っていた。



そしてモルトラスがそれを理解した瞬間・・・彼の頬に猛烈な衝撃が走る。


轟が拳を叩き込んだのだ。


『おおっーと!?波風選手強烈な一撃・・・おや?』


実況は何故かその声を止めた。リングの上からモルトラスの姿が消えてしまっていたからだ。・・・轟の正面のロープは何故か裂けてしまっている。


ほぼ同時に、その先の客席から悲鳴が上がる。

見るとそこには・・・4個ほどの席を破壊して小さなクレーターが出来ていた。周囲に倒れているのはそこに居たであろう客達だ。そしてその中心には・・・体がぐちゃぐちゃになったモルトラスがいた。

悲鳴を上げたのは、辛うじて難を逃れたクレーターの隣の席の客だ。


『こ、これはまさか・・・波風選手の放ったパンチでモルトラス選手はロープを突き破り、そのまま客席まで吹き飛んだとでも言うのでしょうか!?』

『有り得ませんね・・・人間にそんな事が可能なはずが・・・』

実況解説と同様に困惑の声を上げる観客達。


すると、それに応えるように轟が懐から何かを取り出した。透明な筒状の物だ。

彼はそれを高く掲げると、手を離した。


ぱりん!小さな音を立てそれは砕け辺りにガラスの破片を散らした。


『・・・?今のは・・・何か注射器の様に見えましたが・・・。』

『・・・まさか。』

勘の良い解説の今井と同様に、客の何人かはそれに気付き声を上げた。


「ドーピングじゃないか・・・?」

「ドーピング・・・?そうだ、ドーピングだ・・・。」

あっという間に情報が会場中に広がると共に、それは罵声へと変わっていった。


「きたねえぞ!!」

「インチキだ!!」

「神聖なリングになんてもん持ち込むんだ!!」

「死ねえ波風ー!!」


いつの間にか出来上がるインチキコール。轟は気にせず審判に尋ねた。


「・・・おい、俺の勝ちだろ?」

「えっ!?・・・あ、ああ。」

「そうか、なら良い・・・。」

それだけ確認しリングを降りる。蛭川はニヤニヤと彼を出迎えた。


「ふふふ・・・まさか自分でバラしちまうとは・・・」

「どのみちいつかはバレるんだ・・・それに俺にはこの罵声を受ける義務があるだろう?」

そう言うと轟は、足元に飛んでくる飲み物やゴミなんかを愛おしそうに見た。


「へん、これが俺が選んだ道って事か・・・良いじゃねえか、嫌われ者のがお似合いだぜ・・・」


彼は微笑みながら去っていった。


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