第六十七話
ワールドチャンピオンズファイト。
この日はランク39位・・・波風轟と、ランク45位・・・梶原拓也の試合が行われていた。
(ヒヒッ、なんだこいつ・・・弱え!!こりゃあ楽にランクを上げられていいぜ!)
梶原は一方的に轟を攻め立てていた。
だがその瞬間、調子に乗って攻め過ぎた梶原へ轟が反撃を繰り出した。斜め下から・・・その目元へ向け強烈なパンチを・・・!
・・・しかし、何故かその一撃は当たる既の所でぴたりと止まってしまった。
梶原は戸惑いながらも慌てて反撃する。
「けっ!ビビらせやがってこの野郎が!!」
どごおっ!轟は倒されてしまった・・・。
試合を終えた轟は、ボロボロで川の橋の下へと帰ってきた。
「・・・。」
実に酷い試合だった。これではランク150そこらだった頃に逆戻り・・・いや、それ以下だ。
親とも言える師を無くし、大切な人を突き放し・・・全てを失った。
あれほど楽しかったファイトにすら、勝とうが負けようがもはや何も感じない。
それでも彼は戦うしかなかった。
ただ一つ、翠と決着を付ける・・・その約束だけが轟の心にあった。
生きる理由があるとすれば、それだけだ。
もう彼には・・・それしか残っていないのだ。
ふと、橋の下に黒い影。
「・・・!」
見ると、テントの前に誰かがいる。
「お久しぶりです、波風さん。・・・今日も良い試合でしたね。」
それは轟にトレーニング器具を提供し、ランク3位桐生聡を機械の体に変えたヤクザ、蛭川だった。
「てめえは・・・。ふっ、1ラウンドあっさりKO負け、あれのどこが良い試合だったってんだ。」
不機嫌そうに轟が言うと、蛭川は笑った。
「そうですね・・・打てるパンチを途中で止めてしまった所とかでしょうか・・・まるでそのパンチを自分で禁ずるかのように。」
ぴくり、轟の眉が動く。
「・・・わざわざ皮肉を言いに来やがったってんなら・・・ぶっ殺すぜ。」
「ふふふ・・・いやいや、まさか。今日は波風さんにプレゼントがあって来たんです。」
そう言うと蛭川は置いてあった紙袋から何かを取り出した。
それはネズミの入ったケージだった。
「・・・随分と可愛らしい趣味を持ってんだな。」
「・・・ふふ、まあ見ててください。」
蛭川は懐から注射器を取り出すと、ネズミに打ち込んだ。
「ウチュチュ・・・グギギィ!」
突然目の色を変えたかと思うとネズミは柵をぶち破り、そのまま遠くへ駆け抜けていった。
轟はその様子に唖然とする。
「・・・!」
「見ましたね・・・手のひら程のネズミでこれです。じゃあ人間に打ち込んだらどうなると思います・・・?」
ニヤリと、蛭川は意味深気に笑った。
「・・・ドーピングをやれってのか。」
「察しが良い・・・別に禁止されてる訳じゃあねえ、あそこにはルールなんて無い・・・そうでしょう?」
何でもありのワールドチャンピオンズファイトには禁止事項は無い。ただし・・・暗黙の了解として、銃火器の使用と薬物の使用はフェアでは無いとされまず行うファイターはいなかった。
轟は渡された注射器をぐるぐると見た。
「それで、こいつを人間に使うと具体的にどうなるんだい?」
「十中八九、負けはなくなるだろうな。目に見えてそれがわかるから客は非難するでしょうが・・・下らないプライドを捨ててでも強さと勝ちにこだわる気が・・・あんたにはありますかね。」
蛭川は煙草に火を付けた。
「・・・違うな。俺が聞いてるのはそんな事じゃねえ。・・・それだけの効果を出すんだ、あるんだろう?当然それに見合うだけの副作用が・・・!」
轟の言葉に、蛭川はパッと目を見開いた。
「ふふ、本当に察しが良い・・・!その通り、これを使った者は破滅します。使えば使う程に、内側から体をじわじわと壊されていき、最後には命さえも・・・。仮に助かったとしても、廃人となる未来は避けられない。」
ぐしゃり、彼は煙草を踏み潰し続けた。
「ワールドチャンピオンズファイトの選手達が昨日までを努力し、今日を歩むのは・・・いわば明日の為だ。輝かしい未来の栄光を掴む為・・・。だが、こいつは違う・・・!昨日までの努力も、輝かしい明日からの未来をもかなぐり捨ててでも今日を生きる為の物だ・・・!!波風さん、あんたにその覚悟はありますかね。」
・・・瞬間、轟は躊躇いなく注射器を自分に刺した。
「何だ・・・そんな事か。てっきりさっきのネズミみてえに発狂しちまうのかと思ったぜ。・・・どのみちもう俺には何も無い、明日なんてもんは一生来やしねえんだ。やってやろうじゃねえか・・・。」
彼は寂しげに笑った。




