第六十一話
「・・・へっ、そりゃまた随分と物騒な話じゃねえか。何でまた・・・」
轟の問い掛けに麗香は顔を背ける。
「ファイトに出る人達はさ・・・君も含めて、皆凄く幸せそうじゃない?だからあそこでなら私も幸せに死ねるんじゃないかって・・・。私は私を殺せる位強い人を探してるんだ。」
彼女はあくまで真剣に語るが、轟には全く理解できなかった。
「訳が分からねえな・・・幸せなら死ぬんじゃなくて、生きてる方がよっぽど良いんじゃねえのか?」
「・・・。ふふっ、それはそうだね。」
彼女はまたいつもの微笑みを浮かべたが、それきり黙ってしまった。
轟もまた反応に困る。
(つまりこいつはファイターでありながら、まだファイトの魅力に気付いてはいないって事か・・・?そもそもこの口振りからしてそれだけ苦戦するような相手にも会っちゃいないみてえだし・・・となれば・・・。)
閃いた轟は顔を上げ麗香の方を見た。
「いるぜ、お前の注文を全部達成しそうな相手がよ。殺す・・・事はねえだろうがその位強くて、おまけにファイトの魅力をこれでもかと詰め込んだような奴がな。」
「本当に・・・?それは・・・?」
麗香が目を煌めかせる。
「チャンピオン・・・御影翠さ。奴と戦えば間違いなくファイトの面白さってもんを味わえるんじゃねえかな。・・・最も、そこまでたどり着くのが大変なんだけどな。お前が今ランクいくつなのかは知らねえが・・・っておい、どこへ行くんだよ?」
轟の話半分に、麗香は土手の方へ駆け出してしまった。
「そうと分かればこうしちゃいられないよ・・・またね、轟!」
そう言うと彼女は走り去っていった。
「まさかこのまま翠ん所に殴り込みに行くんじゃねえだろうな・・・」
轟はぽかんとその姿を見続けるしかできなかった。
一週間ほどが経った。
・・・日付が変わり、直に日が登ろうかという時刻。
轟はこの日もなかなか眠りにつく事ができなかった。
「・・・ふん。」
小さくため息を付く。麗香はあれから1度も来てはいなかった。
時折新聞に目を通したりもしたが、チャンピオンが襲撃された・・・などといった記事は目にしない、少なくとも彼女に何かあった訳では無さそうだが・・・。
(・・・ちっ、俺らしくもねえ。あんな女が何だってんだ・・・)
苛立ちながら布団を被る。
・・・が、やはり寝付く事はできなかった。
土煙巻き起こる工事現場。寒いこの時期には、流石に屈強な男達もバテ気味だ。
「・・・っ!!・・・ふー。」
汗を拭いながら轟がツルハシを振るう。
「轟ちゃん、元気だね。・・・いや、君が真面目なのはいつもの事だが最近は特に溌剌としてるじゃないか。」
「あん?」
ペットボトルを流し込みながら休憩する男が尋ねる。すると、また別の男が・・・
「これでも出来たんじゃねえか?」
ニヤニヤと小指を立てた。
「・・・!ばかやろ、ふざけたこと言ってんじゃねえ・・・!」
「うわあ!」
ツルハシを振り上げる轟に、男達は堪らず散っていった。
その日の夜、川の橋の下。
(ったく・・・あのオヤジ共ふざけやがって・・・)
とはいえ、轟は気が付けばまた麗香の事を考えてしまっていた。
ずっと、翠とだけ過ごしてきた轟は自分の中の払い切れぬこの思いが何なのか分からなかった。
そんな時だ、彼女は再び現れた。
「や、轟。久しぶり・・・!」
「麗香・・・麗香じゃねえか!」
思わず轟の声に歓喜が混ざる。
「どこいってたんだよ、俺はまたてっきり・・・」
「ふふ、まあ・・・ちょっとね。」
2人は並んで土手に腰掛けていた。
夜でもいい天気だ、星や月が良く見える。
「そういえば、今月私誕生日なんだ。再来週の火曜日・・・。轟は誕生日はいつなの・・・?」
麗華が尋ねると、轟は少し目を細めた。
「知らねえな・・・物心ついた時には1人だったからな。・・・別に誕生日なんてどうでもいいさ、どーせ必死に暮らしてようがぼんやり雲みてえに過ごしてようが・・・嫌でも人は生きてりゃ歳を取るんだからな。」
「・・・ふふっ、駄目だよ。たとえどんな1年でも、その1年を生きたっていうのが大事なんだから・・・。そんなんじゃ女の子に嫌われちゃうよ?」
「はっ・・・それこそ別にどうでもいいさ。」
轟は微笑んだ。
「ねえ、轟・・・君にはさ、好きな人っている・・・?」
「・・・好きな・・・人?」
好きな人・・・それが別に憧れのファイターや腹がよじれるギャグの芸人を表している訳では無い事くらい轟にもわかった。
確かに、自身が日雇いに精を出している傍らで、同年代の男女が手を繋いで楽しそうに語らったりしているのを見かけた事があった。
きっと、好きな人というのは彼等のような連中がお互いに抱く感情なのだろう。
では、自分の場合は・・・?
異性で、共にいて幸せに感じるような人物。そんなのは・・・いない。自分には限りなく遠い物であるはずだ。・・・だが、何故か・・・どういう訳か今の轟は心当たりがあった。
(・・・そうか、そういう事か・・・)
轟は、ここ暫く自分の胸に引っかかっていた感情の正体を理解した。
自分が好きなのは・・・。
「・・・?」
長い沈黙に、麗香が困惑したように轟の顔をのぞき込む。黒い水晶のような大きな瞳に思わずたじろぐ。
「・・・へへっ、なんでもねえよ。・・・さあな、そういうお前はどうなんだよ。」
「私は・・・」
麗香は顔を逸らし目を細めた。
「私は・・・いないよ。それがどういうものか分からないんだ。・・・でもね、死ぬまでには1度でいいから誰かを本気で愛してみたい。」
「・・・はっ、ファイトで死ぬだの死ぬ前に誰かを愛したいだの忙しい奴だな。」
鼻で笑う轟に、麗香も合わせて笑った。
「ふふっ、そうだね。・・・でもさ、街を歩いてるとそういう話をしてる娘達をあちこちで見かけるんだ。誰も彼も幸せそうで・・・私も一応女の子だからさ、1度で良いからそんな思いをしてみたい。・・・ねえ轟。誰かさ、良い人に心当たりは無い?」
その質問に轟はドキリとした。
「・・・ん。別にその辺の男を適当に捕まえてさ、頼んでみりゃあいいじゃねえかよ。麗香は結構綺麗だからさ、きっと皆OKしてくれるぜ。」
自分はどうか・・・?等とは死んでも口にできない。
轟は吐き捨てる様に・・・思っても無い事をぶっきらぼうに言った。
「私が・・・?ううん、それじゃあ駄目だよ。愛されたいんじゃなくて愛したいんだ、一方的にさ・・・。間違っても相手に知られちゃいけない、だって・・・」
口を紡ぐ麗香に轟は困惑するばかりだった。・・・女というのは誰も皆こう訳の分からないものなのだろうか・・・
そういう所も、嫌な訳では無かったのだが。
「女心って奴はよくわかんねえな・・・じゃあ、こないだの翠はどうよ?チャンピオンだし・・・頭も切れるし・・・金だってあるだろうし・・・」
言いながら轟は後悔した。彼を勧めてしまったら勝ち目など無い。翠がどれだけ素晴らしい男かは、自分が一番良く知っていた。
「・・・そうか、チャンピオンか!・・・そうだ、忘れてた。私は元々それで来たんだった。」
そう言うと麗香は封筒を轟に手渡した。キョトンとしながらその包みを開く。
「あ・・・!?これは・・・!!」
その内容に轟は口をあんぐりと開け驚いた。




