第六話
『さあ次の試合・・・挑戦者はまたも本日がデビュー、波風轟選手だ!』
「・・・へへっ、どーもどーも!」
実況のコールに合わせて、轟が派手にアピールしながらリングに飛び込んだ。
厳八が見てられないというように顔を覆う。
「あのバカ・・・。」
『対するはベテラン・・・門番ことランク190位、伊武士郎選手だ!』
名を呼ばれた轟より一回りは年上の男が小さく手を上げながらリングへ入場する。
じろり、轟はこれから戦う相手を睨んだ。
「ふっ、おいでなすったな・・・」
「気を付けろ轟、ベテランってのは皆基本が完璧にできてるもんだ。お前も慎重に行け。そんでもっていざとなったらムーンサルトだ。アレは基本に忠実な相手程よく効く。」
殺気立つ轟をリング際から厳八が諭す。
「・・・心配すんなよオッサン。ベテランでこのランク帯にいる奴なんてたいしたこたねえよ。それからな、ムーンサルトだけど・・・俺は今回あれは使うつもりはねえぜ。」
「なにぃ?妙な事言ってねえでやれる事は全部やるつもりで行け!」
「こんな所で取っておきを使ってるようじゃ上にはいけねえって事よ。はっ、まあ大船に乗った気でいな。」
怒号を飛ばす厳八に、任せとけとばかりに手を振りながら轟は正面を向く。
カァァン!試合開始の鐘が鳴った。
「さあてと、早速この俺の攻撃力が桁外れだって事をお見せしてやろうかな・・・。」
轟は呟きながらいきなり仕掛けた。右から左から、拳や蹴りで迫る。しかしその攻撃は避けられひらひらりと空を切った。
(・・・!速い!)
そう思ったのもつかの間・・・伊武の反撃のジャブが轟にヒットする。二歩三歩、彼の体は後ろによろけた。
「ああっ、慎重に行けと言ったのに・・・!」
厳八はヒヤヒヤしながらその様子を見る。
「・・・野郎、やりやがったな・・・!!」
なんとか踏みとどまった轟は、血気盛んに再び攻め出す。しかしその攻撃はまたもや当たらない。伊武はその隙を狙う。
ばきっ!ごきっ!
空をかすめる轟の拳や蹴りとは裏腹に伊武の反撃は確実に轟にダメージを与えていく。
「危ない、轟!一度離れろ!!」
「組み付け!少しでも時間を稼ぐんじゃ!!」
リングサイドから助言が聞こえてくる。しかし轟は強引な攻撃を止めない。
(うるせえ・・・こんな野郎命中さえすれば一撃で・・・)
しかし轟の思いとは裏腹にその攻撃は全くクリーンヒットしなかった。躱されいなされガードされ、まるで決定打を入れられない。
ずんっ!
「げほっ!」
強烈なボディーブローが轟の腹に決まる。ぐらりと轟の体は倒れた。
『おっと、波風選手ダウンだ!これは立てるか・・・!?』
「ああっ・・・轟!」
厳八が擦り切れそうな声を上げる。翠も目を丸くした。
「なんだあの相手・・・明らかに俺の相手とは段違いじゃないか。たったのランク9つ分でここまで変わるものなのか?」
「・・・いや、いるんだたまに・・・こういうハイエナのような奴が。」
厳八が俯きながら答えた。
「明らかにランクに見合わない強さを持ちながら・・・ファイトの報酬金目当てに低ランク台に留まる奴がな。ランク190台なんつったらランク外の連中からの挑戦がひっきりなしに入るだろう?ましてそいつらはズブの素人みたいなやつが殆どだ。となればこれ程楽に勝てて稼げる場所は無かろうて。」
それは二流ランカーにありがちなシステムの穴をついた手口だった。
「なっ・・・汚ねえ・・・。」
翠は拳を握りながら顔を顰めた。
「ファイブ!シックス!」
審判が手を振ってカウントを取る。轟はリングを囲むロープに持たれながら立ち上がった。
「ちっ・・・舐めやがって。」
憎らしそうに対戦相手を睨み付け・・・彼は再び向かっていった。
しかし、その瞬間ラウンドの終了を告げる鐘が鳴る。慌てて審判が轟を止める。
「ラウンド終了だ!コーナーに戻って!!」
「来い!こっちだ。」
厳八はリングに飛び込むと不満気な轟を急いで連れ戻した。
どさり!轟がコーナーに置かれた椅子に重たげに腰掛ける。思う以上にダメージを受けているようだ。
厳八が応急手当をしながら声を掛ける。
「大丈夫か?・・・まずったよ、野郎とんだ実力者だ。ざっと見てランク100位そこらの実力はあるだろうて。」
「・・・それでもたかだか100位かよ。たいした事ねえな。次のラウンドは一撃でぶっ殺してやるぜ」
轟は虚ろな目を煌めかせ強がる。
「この野郎てめえこの期に及んで・・・まあ良い、今度こそ慎重に行くんだ。防御を使うんだ。攻撃一辺倒で勝てる相手じゃねえぞ。」
「・・・けっ、わーったよ。まああいつが思ったより強いのは認めてやる。言う通り基本通りに攻めてやろうじゃねえか。」
カアアン!
そうこうしている間に第二ラウンド開始の合図は響いた。轟は再び敵に向かって行く。
厳八は不安気に彼を見送りながらリングを降りた。
じっ、轟が相手の動きを伺う。相手の繰り出すパンチやキックを慎重に躱しいなす。
「いいぞ轟!その調子だ!じっくり行け!」
厳八の歓喜もつかの間。伊武は相手が攻撃を避け始めたのに気付くと、フェイントや回り込みを使った高度な攻めで追い立てる。たちまちその攻撃は轟にヒットした。
「ぐっ・・・」
轟が怯んだのを確認すると伊武は懐に手を突っ込み何かを取り出した。
・・・伸縮性の警棒。それを瞬時に手頃な長さに伸ばすと、伊武は淡々と轟を滅多打ちにした。
どたり。たまらず轟は倒れる。
『ああっと波風ダウン!伊武の武器を使った痛撃に二度目のダウンです!』
実況がマイクに食いつき叫ぶ。
「轟!!」
厳八は悲痛の声を上げた。翠も戸惑ったように問う。
「なんだ!?ありゃあ凶器攻撃じゃねえか。いいのか?」
「別に武器を使っちゃいけないなんてルールはねえ。ただ武器の取り回しってのは思った以上に難しいんだ。頼りすぎると攻撃がワンパターンになりやすいしな。その癖種類が豊富過ぎて対策を打つのは困難だ。お前らにもおいおい教えなきゃなとは思ってたんだが・・・。」
ぎりりと厳八は歯ぎしりした。
(まさかこんな低ランク台でここまで上手く使いこなしてくる野郎が出てくるとは・・・)
「ディフェンスってのはな、攻める事の数倍難しいんだ。単純に考えてどう打ち込んでくるかわからぬ相手の動きに合わせなきゃいけないからな。先手を取ることに長けたあの轟にはそもそも不可能だったのかもしれん。」
二人は徹底的に追い詰められる轟を見守る事しか出来なかった。