第五十七話
『い、今井さん・・・一体何が起こったのでしょうか!?』
『波風が放ったツインムーンサルトを・・・飛岩が受け止めたのです。私もその瞬間まで波風の攻撃が直撃すると思ってましたよ・・・。まさか、飛岩の一方的な殺戮ショーで終わると思われたこの試合で・・・ここまでの攻防が展開されるとは・・・。』
ごくりと、実況と解説の2人は息を飲んだ。
「ワーン!ツー!」
カウントが響く中、轟は意識を失っていた。
(あ・・・?なんだここ・・・)
目を覚ますと轟は、霞がかったような不思議な空間にいた。薄紫のモヤモヤが、辺りに漂っている。
ふと、その奥に見覚えのある背中を見つけた。猫背気味てて小太りで、もう2度と見るはずのない背中を・・・。
「・・・オッサン!!」
叫ぶと轟は、その背中に駆け寄った。
「・・・な!?お前は・・・轟!!何でここにいるんだ!?」
彼に気付いた厳八は目を丸くし尋ねた。
「何でって・・・そりゃあこっちのセリフだぜ。だってオッサンはもう・・・いや、そうか。」
話しながら轟は気が付いた。厳八が居て、試合をしていた筈の自分も何故かここにいる。それはつまり・・・。
「へへっ、どうやら俺は死んじまったようだな。」
何も無い幻想のような空間で、2人は肩を並べ座っていた。
「見てたかよオッサン、俺の試合を・・・あのツインムーンサルトをよ。」
くるくるりと、指を回して轟がジェスチャーをする。
「ああ、見てたとも!!実に見事だった・・・ぶっつけ本番であれを成功させるとは・・・やはりお前さんは天才じゃった。」
「ふふっ・・・まあ、それでも負けちまったんだがな。最強のツインムーンサルトも奴には通じなかったよ・・・。」
「・・・。それで・・・お前さんはもう諦めちまったのか?もう勝ち目はねえと・・・。」
「・・・ああ。もう打つ手無しさ。あれを破られちまったらどうにもならねえ、それにこうして死んじまったからな。立ち上がる事すらできやしないさ。・・・へっ、怒鳴りつけたきゃ好きにしな。俺は最後まで出来の悪いファイターだったぜ・・・。」
ぷいっとそっぽを向き、轟は肩をがっくり落とした。
「・・・。」
音一つ無い空間が、完全な沈黙に包まれる。
・・・すると厳八は、ぽんとその肩を叩いた。
「いいや・・・お前はようやった、ようやったよ・・・。出せる力の全てを出し切ったさ。ただ相手の飛岩が余りにもとてつもない天才だった、それだけの事よ。」
顔を上げた轟は予想外の反応に目を丸くした。
「・・・っ。なんだよ、らしくねえじゃねえか。どれだけ勝ち目の無い相手だろうと、ケツを引っぱたいてでも俺を奮い立たせようとする鬼の厳八さんがよ・・・。」
「どうひっくり返っても勝てない相手っちゅうもんはいるさ。轟・・・お前はもう楽になっていいんだ。なんもかんも忘れて、ここでゆっくり過ごすといい。」
「な・・・。」
突然、轟は勢い良く立ち上がった。
「見損なったぜオッサン!!体と一緒に心までくたばっちまったのか!?俺が諦めそうな時も・・・その足りねえ頭で最後まで作戦をひりだそうとしていたあんたが・・・。いや、違うな・・・てめえは厳八のオッサンなんかじゃねえ。俺を地獄に引きずり込もうとする悪魔かなんかが化けてやがんのさ。」
「轟・・・。」
「そうと分かればてめえの口車になんか乗るもんか、閻魔大王を殴り倒してでも戻んなきゃな・・・。ええと・・・。」
きょろきょろと辺りを見回す・・・が右も左もモヤだらけ。轟は唇を噛んだ。
「・・・それで、戻ってどうする気なんだ?飛岩に勝てる当てでもあるのか?」
「うるせえな、それは・・・ねえけどよ。それでも俺にできるのはムーンサルトだけだ。今度こそ飛岩の野郎にぶち当ててやる・・・!」
厳八は座ったまま鼻で笑った。
「ふん、お前は・・・。いいか、よう考えてみろ。元々ムーンサルトは相手の虚を突く技じゃろう?それを無理に当てようとしてどうする。防がれるなら・・・防がせちまえば良いのさ。」
「何・・・?防がせちまえだと?・・・いや、てめえがムーンサルトを語るんじゃねえ。偽物野郎がよ。」
くるりと轟は厳八に背を向けた。だが彼はそこで動きを止めた。
「だけど・・・まあ、参考にはしてやるぜ。そこで見てなよ、俺の劇的大逆転勝利をな。・・・へっ、じゃあな・・・オッサン。」
そう言うと轟は、真っ直ぐ駆け出した。
一人残った厳八は、彼が消えていったモヤの方をじっと見ていた。
「・・・全く、天邪鬼な男だわい。くだらねえ小芝居を打たなきゃろくに人の話も聞きやせん。」
大きくため息を付くと、彼は呟いた。
「頑張れよ・・・轟・・・。」
「エーイト!!ナーイ・・・む!」
・・・ゆらりと、審判のカウントギリギリで轟は立ち上がった。
「へっ、良かったぜ・・・随分と長く寝てたような気がしたからな。試合が終わっちまってたらどうしようかと思ったぜ・・・。」
ニヤリといつものように不敵な笑みを浮かべると、轟は飛岩の方を向いた。
先程のが夢だったのか何なのか・・・それは分からない。だが・・・少なくともそれは十分過ぎるほど、轟を奮い立たせた。
(へへ・・・嘘でも幻でもよ、もう1度会えて嬉しかったぜ・・・オッサン。)
対する飛岩だが、決定打となりうる一撃を耐えられたというのに・・・彼に動揺の色は微塵も見られなかった。
むしろ予測していた。この男なら・・・この自分が最大のライバルと認めた波風轟なら・・・恐らく立ち上がってくるだろうと。
再び無表情に構えを取る。
「さあ来い!轟!!」
「言われなくても・・・!」
死闘の幕は・・・再度開いた。




