第五十六話
(これは・・・そうか、左足か・・・!!)
凄まじい威力に上空に吹っ飛びながらも、飛岩は自分が何にやられたのか理解した。
左足・・・それが正に轟の新たなムーンサルトの正体だった。
後ろに宙返りしながら右足だけで放つ従来のムーンサルト・・・轟は今回、そこから更に残った左足で蹴り上げたのだ。
故に、左に避けた飛岩はそれに直撃した。
『ああーっと!?これは波風選手、右足を躱した飛岩選手を左足で蹴り上げたのかーっ!!?』
ずしゃり。飛岩はそのまま頭から地面に激突した。審判が急いでカウントに来る。
『・・・それだけではありませんよ!ジャンプした勢いで蹴り抜く右足だけのムーンサルトと違って、左足は更に空中で自らのキックを上乗せすることが出来ますからね・・・。ジャンプの勢い+キック力・・・凄まじい破壊力の筈です。ツインムーンサルトとでも名付けましょうか・・・これは立てませんよ!!』
気付けば、解説の今井も完全に試合に釘付けになっていた。
「スリー!フォー!」
(やったぜオッサン・・・見ててくれたかよ。あんたの言う通り、この技は最強だったぜ・・・。へへっ・・・。)
審判のカウントを聞きながら、轟は天を仰いだ。
思わず目頭が熱くなる。
だが・・・
「・・・どこを見ているんだ。」
「・・・!!」
不意に掛けられた声に慌てて轟が我に返る。
見ると飛岩が、片膝で何とか立ち上がろうとしていた。
「はあ・・・はあ、まだだ・・・まだ負けはしない。」
息を切らしながら、苦痛に顔を歪めながら・・・飛岩は必死に立ち上がろうとした。
この日のため、彼は密かにずっと対ムーンサルトの特訓を行ってきた。
躱すのは大前提、とはいえあの波風轟を相手にその全てを避けきれるとは限らない。
故に、まず彼はその耐久力を徹底的に鍛え上げた。ムーンサルトの2発や3発程度なら耐えられる程に。
その特訓が功を奏した。ムーンサルトを遥かに超える破壊力のツインムーンサルトを受けて尚、飛岩は辛うじて気を失わずに済んだ。
息も絶え絶え、虫の息という状態だが彼はギリギリカウントナインで立ち上がった。
「ふふ、どうした轟・・・その程度では俺は殺せないぞ。」
カァアン!ここでラウンドが終了する。
「・・・けっ!命拾いしたな!辛うじて立ち上がったにせよどうせてめえはツインムーンサルトを破れはしないんだ・・・次で決めてやる!」
威勢よく言うが、明らかに轟の表情には動揺が見えた。ただのムーンサルトでさえ一撃必殺の破壊力だ。ツインともなれば耐えられる人間などいない筈。すると・・・
「・・・お前の真似じゃないが、ここは一つ宣言してやろうじゃないか。・・・次のラウンド、月は地に落ちる。」
「何・・・!?」
去り際に、飛岩は呟いた。轟の顔から血の気が引く。
・・・インターバルの間、ずっと轟は考え込んでいた。
ツインムーンサルトを破る術・・・それには心当たりがあった。実に簡単だ、一発目の右足を左では無く右に避けてしまえばいいのだ・・・そうすれば左足は虚しく空を切る。飛岩は天才だ、当然気付いているだろう。
だが『月は地に落ちる』・・・とは?彼が去り際に放ったその言葉が轟を悩ませていた。
(ちっ、わざと妙な事を言って俺を悩ませようって魂胆だろう。その手には乗るかよ、こっちにも策があるんだ。・・・見てやがれ。)
しかしどう自分に言い聞かせようと、轟の不安は払われなかった。
始まった第3ラウンド、あと一撃で決まると分かっていながら轟は攻められずにいた。
ただただ飛岩の放つ不気味さに、リングを動き回り距離をとるだけだった。
何してやがる!!鬼ごっこ見に来たんじゃねえんだぜ!!
やれやれおらー!!
観客が飛ばすヤジに、轟の焦りが募る。
(痺れを切らして突っ込んで普通に倒される・・・それが一番ダメなパターンだ。いくら向こうのがダメージを負ってるとはいえまともに打ち合えば飛岩のが上だろう。焦るな、まだ有利なのはこっちなんだ・・・。)
いつになく冷静な轟だったが、痺れを切らしたのは飛岩の方だった。勢いよく距離を詰め轟へ攻撃を仕掛ける。
「うっ・・・くそ・・・!」
多少スピードが落ちつつも、正確なパンチで攻め立てる。・・・クリーンヒットする直前で轟は何とか距離を取った。
「はあ・・・はあ・・・」
(危ねえ・・・向こうはいつでも攻められるんだったな。・・・有利でもなんでもない、断崖絶壁ギリギリなのは俺の方だったか。・・・良いぜ、だったら食らわせてやろうじゃないか!お望みのツインムーンサルトをな・・・!!)
深く踏み込み、轟が拳を握り締める。 今にも渾身のパンチを打ち放たんとばかりに・・・
・・・が、彼は素早く身を起こすとそのまま左足で大地を蹴った。
『上手い!フェイントです!!』
『しかも踏み込みを左足で行っている・・・飛岩の回避を見越して・・・!!』
そう・・・飛岩の回避を破る策として、轟は先程とは反対の足で初撃のムーンサルトを放ったのだ。
そして彼の目論見は上手くいった。案の定飛岩は右側に回避してきた・・・これで右足で放つツインムーンサルトを避ける術は無い。
(終わりだっ・・・!!)
勢いに合わせ右足を蹴り上げる、その一撃は飛岩の顎に・・・
ぴたり。何故かその足は既の所で止まった。
・・・飛岩が轟の右足首を掴み受け止めたのだ。
(何!?しまっ・・・!)
焦るがもう遅い。轟の体は完全に空中で静止してしまい身動きが取れなかった。
次の瞬間、飛岩は足首から鞭のようにそのまま轟を床に叩き付けた。
轟音が会場に響き渡る。
「・・・ふふふ、月は地に落ちたな・・・轟よ。」
飛岩はニヤリと笑った。




