第五十四話
『さあさあ、お集まりの皆様・・・いよいよ始まります本日のメインイベントは・・・!!人気沸騰中、勢いに乗り続けるこの男・・・ランク8位、飛岩雅也選手の試合だーっ!!』
静かに手を上げながら飛岩が入場してくると、観客は大いに湧いた。
『対するは一体何の神の悪戯か・・・ランク149位、波風轟選手だー!!』
ゼロではない・・・が明らかに歓声の量は違った。
轟は表情を変えず突き進む。
『今井さん、今宵のカード・・・これは一体どういう事なのでしょうか?あまりこう言うのはいけませんが・・・これではあまりにも・・・。しかも今回の試合、飛岩側から申し込んだそうじゃないですか。』
『・・・波風は飛岩と同じジムのチャンピオン、御影と旧友だそうですからね。何かその辺に関係があるんじゃないですか。何にせよ、神聖なリングに余計な事情は持ち込まないでほしいものですな。』
解説のビスマルク今井は明らかに不満そうだ。八百長や何かを疑っているのだろう。現に、この会場の観客の殆ども同じように感じていた。まあそれでも彼らは、八百長だろうが飛岩の圧倒的な強ささえ見れれば構わないのだが・・・。
「・・・。」
ガチャガチャと、轟が1人でインターバル時の飲料や、血止めなんかを支度する。もう慣れたものだ・・・1人で戦うのにも。
しかしその時、彼は妙なものに気付いた。なんと反対側のコーナーで、飛岩もまた1人で支度をしているのだ。
『おや・・・これはどういう事でしょう、お互いセコンドがいませんね。』
『波風の方はここの所ずっとそうですが・・・飛岩の方は・・・?彼のジムには一流のコーチからドクターから揃ってるはずですが・・・はて?』
実況達と同様に動揺しながら、轟がリングへ上がる。
「何だ・・・どういうつもりなんだ?」
「何だも何も無いだろう。お前に合わせるのは当然、後でああだこうだと文句を言われたくないからな。・・・対等な条件でお前とは決着を付けたい。」
飛岩はあくまで大真面目に言った。
(それに元々これは俺の我儘で始めた事だ。会長や皆に迷惑をかけるつもりはない。)
そしてついに、試合開始の鐘が鳴り響いた。
(さあ、どうするってんだ。まさかいきなりお前が打って出る訳にはいかねえだろう・・・?それこそ1ラウンドそこらで決めちまったら八百長にしか・・・っ!?)
ごちゃごちゃ考えていた轟に、いきなり飛岩が襲い掛かった。何とか回避を試みる轟だが、すぐに直撃を受ける。
「ごふっ・・・!」
痛みに蹲る轟。だが、飛岩はまるっきり攻撃の手を休めなかった。
5、6、7・・・あっという間に8連撃を叩き込むと、轟は膝から崩れ落ちてしまった。
ああっ・・・。
その圧巻に、皆が静まり返る。実況達や審判まで言葉を失った。
「・・・どうした審判、カウントを取ってくれないか。」
飛岩に急かされると、慌てて審判がカウントを始めた。
「ワーン!ツー!」
轟は朦朧とした意識の中、自分を見下ろす飛岩の表情を見ていた。
(なんつう目で見てやがる。ここまでの事をしておいて・・・まるで油断なんてしちゃいねえ。あいにくだが飛岩さんよ、俺はそこまでの相手じゃねえぜ・・・。)
何とか轟は立ち上がった。
すると、すぐさま飛岩は再び攻撃を仕掛けてきた。
「くっ、休ませてもくれねえってのか・・・!」
距離を取ろうと轟はステップで逃げるが、飛岩は逃さない。執念の如き猛攻でどんどん轟を追い詰める。
「・・・くそ、だったら・・・!」
不意に攻撃の合間を縫って、轟が反撃を放つ。上手い・・・というより飛岩が攻めすぎたと言うべきか、その一撃は飛岩の頬を捉えた。
・・・が、飛岩はまるで動じない。ほんの少し揺れただけでまだすぐに轟に襲い掛かった。
カァァン!
「ラウンド終了だ!!離れて!!」
既の所で審判が止めたおかげで、轟は倒されずに済んだ。
「はあ・・・はあ、クソっ・・・!」
息も絶え絶えに、何とか自分のコーナーに戻る。
一方の飛岩は、冷静に状況を確認していた。その口筋には血が伝っている。
(・・・攻撃力とタフネスは相変わらず流石といった所か。が、所詮それだけ・・・やはり買い被りすぎたか?・・・いや、買い被りでも何でも油断はしまい。このラウンドでお前との因縁に決着を付けてやる・・・。)
次のラウンド、やはり飛岩は一方的に攻め続けた。轟は辛うじて逃げつづけるので精一杯だった。
その時、飛岩の拳が轟の目前に迫る。その一撃が額に決まろうかという時だった。
ぴたり。何故か飛岩は拳を止めた。
「・・・次だ。次の一撃でお前を倒す。せいぜい当たらないように気を付けるんだな。」
そう言うと飛岩はまた殴りかかった。
何とか轟はそれを躱す・・・が、先の発言に釣られてしまいその動きはぎこちない。
(やべえ・・・このままじゃ本当に・・・!)
となればもうやる事は一つだ。元より、圧倒的な実力差のある飛岩に対し通じる手はこれだけだったとも言えよう。
轟は飛岩の大振りを仰け反って躱しながら宙を舞った。
(ここだっ・・・!!)
・・・逆転の切り札、ムーンサルトだ。
しかし、その振り上げる右足が飛岩の顎を捉えようかという瞬間、彼はゆらりと左に身を躱した。
そして、空中で身動きを取れず剥き出しになった轟の背中に渾身の一撃をぶち込んだ。
べきぃ!!
凄まじい音と共に轟の体は場外まで吹っ飛んだ。
「終わったな・・・今度こそ。」
呟きながら飛岩は握り締めた拳をそっと降ろした。
(出させるまでも無く終わってしまいそうだったから、要らん挑発までしたが・・・やはりその技を破ってこその完全な勝利。これでやっと俺は先に進め・・・)
急に飛岩の顔が緊張状態に戻る。
その視線の先には、外からロープの最下段を掴む手があった。今にもよじ登らんとばかりに・・・
「・・・ふ、ふふふ・・・」
動揺や困惑以上に、飛岩は笑みが零れるのを禁じ得なかった。




