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明日なんて来ない  作者: クロット
5章 消えかけた炎
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第五十一話

時の流れは早いもので、あの翠のタイトルマッチの大激戦から半年近い時間が流れようとしていた。



がたいの良い屈強な男達が、泥に塗れる工事現場。そこに轟の姿もあった。

はあ、はあ・・・

息を切らしながらツルハシを振るう。


「・・・うっ!」

不意に来た目眩に轟はよろめいた。慌てて近くにいた男が支える。


「大丈夫かい轟君!?やっぱり無茶だ・・・君はもう丸一日近く働き詰めなのだろう?」

「大丈夫だ、すまない・・・」

しかし言葉とは裏腹にやはりその顔には限界が見える。


「それに君が引き継いだ厳八さんの仕事は他より何倍もハードな仕事なんだ。確かにその分給料は良いが・・・先に君がぶっ倒れちまうよ。」

「平気だよ、オッサンはそれに加えて俺達の練習にも付き合ってたんだ・・・この位・・・。」

轟はそう言うと、再びツルハシを振り上げた。



しばらくして、轟はいつもの川の橋の下へと帰ってきた。くたくたになりながら大の字で転がる。


(・・・そうだ、今日は試合だったな。支度しねえと・・・)

肉体に鞭打ち、再び彼は起き上がった。




さしものワールドチャンピオンズファイトの会場も、チャンピオンチャレンジャートーナメントの時期でも無ければ満員になる事も無い。


しかし、この日は客席の大多数が埋まっていた。メインイベントにダルベスのランク防衛戦がある為だ。


『さあ続いての対戦は・・・ランク142位、波風轟選手対ランク149位川瀬明夫選手だー!!』


名を呼ばれた轟が入場し、リングへと上がる。疎らな応援が耳をすり抜ける。


ふと、彼はコーナーを見た。セコンドが控えるべきその場所には、今はもう誰もいない。

轟は以前厳八が言った言葉を思い出していた。


『良いか?これだけたくさんの客に囲まれていようとな、ファイターなんてのはリングに登れば孤独そのもの・・・頼れるのは自分だけってわけよ。』

つまりファイターと孤独は切っても切れない縁。一人ぼっちでも戦わなくてはならない・・・そういう事を言っていたのだろう。


(それでもオッサンは・・・いつだってリングサイドで待っててくれたじゃねえか・・・)

轟は心の中で呟いた。


親・・・。物心ついた時には既に、それは轟にはいなかった。

だから彼はその暖かみも愛情も知らない。

しかし、轟は何となく親という物をイメージ出来ていた。

彼にとっての厳八は・・・間違いなくそれに近しい物であったから・・・。



この日轟は、試合に勝つ事はできなかった。



満田ファイターズジム。

重りを付けてのランニング、サンドバッグ打ち、それにスパーリング・・・。

翠はハードなトレーニングに打ち込んでいた。

前のチャンピオンがあの調子だったのであまり知られていないが、チャンピオンというものはなってからが大変なのだ。これまで倒した強敵達・・・それにまだ見ぬ新世代の猛者達が、翠の座を狙い世界各地で虎視眈々と爪を磨いている。


「はあ・・・はあ・・・」

30分間、10ラウンド分のスパーリングを終えた翠は息を切らしていた。勿論彼を相手に10ラウンドも持つ男など満田ジムにはいない。実に12人もの練習相手が医務室に運び込まれていた。


「よし翠君、次は・・・」

指示をだそうとリングへ上がるコーチ。だが、翠は掌を開きそれを制止した。


「いや、今日はここまでだ。・・・ここで上がらせてもらう。」

そう言うと彼は急いで出ていってしまった。


残されたコーチは近くにいた満田に歩み寄った。


「会長、翠君はまた・・・。」

「うむ。そうじゃろうな。・・・明らかに彼のトレーニングに支障が出てしまっておる。できれば慎んでもらいたいのじゃが・・・約束してしまったからのう。」

満田はふうっ・・・と、深く溜息をついた。

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