第五話
日が登ったばかりの明け方、某所超特大建造物。
ワールドチャンピオンズファイトの全ての試合はここで行われる。
轟達一行は、その舞台へと乗り込むべく申し込みに来ていた。
ぽつんと一つのリングを囲む数十万近い客席。その圧巻に轟は息を飲んだ。
「随分とでけえんだな・・・」
「ペーペーのドシロートからトップランカー級の超大物まで全員がこのリングで試合をするからな。客席なんていくらあっても足りねえのよ。」
厳八が懐かしそうに辺りを見回す。
「なんで今日はこんなに静かなんだ?」
続けて翠が質問する。
「主にメインの試合が行われるのは夜だからな。全国に生中継される訳よ。この時間帯はランク最下層の連中すら殆ど試合をするこたあ無い。だからこそお前らには早めに来てこの景色に慣れといて欲しかったんだ。」
「俺らがそんなタマかよ・・・。」
轟がニヤリと返す。厳八は表情を変えず二人を連れ受付へ急いだ。
200人の猛者を有するランキングからワールドチャンピオンズファイトは成る。
だが当然、世界にはそれ以下の連中がごまんといる。
だから彼等はまず、ランキングに入るべく190位以下の選手へと挑戦するのだ。
「波風轟さんに御影翠さんですね。確かに登録致しました。登録戦の対戦相手の選手は200位から190位の間から選べますが、いかが致しましょう?」
受付の若い女がにこやかに説明する。
すると、厳八はすかさず轟達に尋ねた。
「まずは何よりランク入りするのが先決だ。挑戦するのは200位と199位、それで構わねえな?」
「ああ、構わないぜ。」
翠は心地よく応じた。だが、もう一方はそうはいかなかった。
「馬鹿言っちゃいけねえぜ・・・挑戦するのは当然190位、限界ギリギリだ。」
静かな笑いを浮かべながら轟は言った。
当然厳八は惑う。
「な、なんだとぉ!?・・・おめえ何言ってやがんだ!まずはランク入りするのが最優先だって言ったろうが!分かってんのか!?登録戦は応募者多数の理由から、負けたら三ヶ月は再挑戦できねえんだぞ?」
声を荒らげる厳八に轟はぽん、とその頭をたたいた。
「分かってねえのはオッサンの方だよ。俺達が目指すのはチンケなランキング下位層じゃ無い、チャンピオンだろ?・・・だったらこんなとこでチンタラしてる暇はねえじゃねえか。たかだか190位で躓く奴にチャンピオンが取れるのかよ?」
「そ、それはそうじゃが・・・」
「そういう訳だお姉さん。ランク190位、よろしく頼むわ。」
「は、はい。かしこまりました。」
あっさり申し込みを終えると轟はさっさとその場を後にしてしまった。納得いかないような面持ちの厳八が慌てて追いかける。
「・・・。」
一人残った翠はグッとその拳を握り締めた。
・・・轟の言う通りだった。あっさり安全策をとってしまった自身が情けない。
それから二ヶ月、長いようで短いような時間を越えついにその日はやってきた・・・!
わー!わー!わー!
この間の静寂が嘘のように、会場は歓声に包まれていた。それでも客席は三分の一も埋まっていない。
二人と共に入場しながら、轟はその事に気付いた。
「なんでえ、客席穴だらけじゃねえか。折角のデビュー戦だってのによ。」
またこいつは・・・そんな目をしながら厳八が答えた。
「今日のメインは28位対23位の一戦だからな。そこまでの試合じゃないのよ。所詮わしらはその前座戦だがな。」
「だったら俺らがとっとと満員にしてやろうじゃねえの・・・なあ翠?」
轟がニヤリと問いかけると翠も笑みを返した。
「ふん、その通りだな。・・・見てやがれ、すぐ決めてやるさ。」
先に試合をするべく、翠はリングへと登っていった。
リング際の実況席から若い眼鏡の男が選手紹介をする。
『さあ今宵のワールドチャンピオンズファイト、第一戦は先日のデビュー戦の勝利が記憶に新しい・・・ランキング199位、木山隆夫選手ー!!』
名を呼ばれた轟達と同年代の青年が小さくお辞儀をする。
『対する挑戦者は本日がデビュー戦、御影翠選手だー!!』
翠は特にアピールするでも無く、じっと対戦相手を見た。
『新人戦は予想外の動きが見られる事もありますからね、楽しみですよ。』
そう語るのは実況の隣に座るサングラスの男、解説のビスマルク今井。365日ワールドチャンピオンズファイト全ての試合を解説する驚異の男だ。
轟と厳八はリングサイドに付く。
「ウチは如何せん人手不足だからな、試合前でもセコンドとして働いてもらうぜ。頼んだぞ轟。」
「セコンドってえと・・・選手にアドバイスを送ってやりゃあいいんだな。・・・翠ー!!そんなモヤシ野郎速攻たたんじまえ!なんなら目玉の一つや二つ抉りとって再起不能にしちまえや!」
大声で轟が叫ぶ。
ばこっ。厳八が轟の頭をはたいた。
「ど阿呆。汚ねえ野次じゃなくてアドバイスしねえか。」
「っ・・・。」
痛そうに轟が頭を押さえる。
カァン!そうこうしてる間に試合開始の鐘が鳴った。
じりじり・・・お互いにお互いの出方を伺う。
対戦相手の木山はちらりと轟を見、また翠に視線を戻した。
(ふむ、あそこの煩いのはいかにも攻撃一辺倒の乱暴な選手って感じだね・・・この相手もそういうタイプかな。それなら・・・)
ちょいちょいと当たるか当たらないかの軽いパンチを翠の前でちらつかせる。・・・フェイントだ。攻撃的な選手なら、軽く挑発すればディフェンスが疎かになるはず・・・との考えだった。
「へっ、野郎腰が引けてるぞ!!チャンスだ翠!行けえ!」
轟が叫ぶ。
だが翠はじっと構えたまま微動だにしない。挑発に乗らず、あくまで冷静に相手の動きを見ていた。
その様子に木山はフェイントの手を止めた。
(むっ、引っかかってこない・・・それならこっちから・・・!)
距離を詰めると、彼は素早く攻撃を仕掛けた。だが翠は難無くそれを躱し、反撃を放った。
どかっ!隙を突いた蹴りが脇腹に決まる。
(ぐっ!・・・だけど調子づいて連続攻撃を仕掛けてくれば必ず隙が・・・)
木山は顔を顰めながらも反撃に備えた。
・・・しかし、翠はぴたりとしっかり構えたまま様子を伺っている。
(な、なんて基本通りの隙の無い試合運びをするんだ・・・!)
木山は狼狽えた。ランク外の新人ファイターなど・・・普通は分かっていても安いフェイントに引っかかり、ついつい攻めにばかり夢中になってしまうものだ。そういった所を冷静に突いていける・・・木山はそこが自分の強みだと思っていた。
だが翠にはそれがない。まるで熟練のベテランファイターの如く、非常に隙の無い基本に忠実な試合運びをしてくる。
(くそ、こうなったら多少強引でも攻め込んで・・・!!)
突っ込む木山・・・狼狽し、攻撃に焦った彼は隙だらけだった。勿論翠はそのチャンスを見逃さない。
ずどん!!打撃音と共に木山の体が宙を舞う。
『決まりました!!強烈なアッパーカット!!試合を制したのは挑戦者・・・御影翠選手です!新たなランカーにどうか拍手を・・・!!』
実況の男が叫ぶとパチパチと少しずつ拍手の音が響いた。
翠がリングから降りると、真っ先に轟が突っかかった。
「何だ翠、お前なら最初からぶちかませたろうに・・・。」
しかし、ぐいっと厳八が轟を引っ込めた。
「いーや、相手の動きをよく見たいい試合だったよ、翠。」
「ああ・・・次はお前だぞ、轟。」
翠はニヤリと轟を見た。
「おうよ!」
轟は無邪気な笑いを浮かべながら答えた。
ランク外の新人の試合など、観客達はさほど興味は無い。誰が勝とうが負けようが・・・すぐに流し次の試合に備える。
そんな中、一人の白髪の裕福そうな老人だけが試合を終えた翠をじっと見ていた。
「ほう・・・これは・・・。なかなか面白い子が出てきたかもしれないな。」