第四十九話
轟はそのまま駆け抜け飛び越え猛烈な勢いでリングへと向かってきた。
「ふざけんな!!負けるなんて許さねえぞ!!てめえは俺と決着を付けるんだろうが!!だったら一足先にてっぺんで待ってやがれ!!・・・必ずそこまで這い上がってやるからよ・・・!」
よじ登らんとばかりにロープに掴みかかりながら轟は叫んだ。係員が慌てて引きずり下ろす。
「な・・・確か彼は・・・。」
「轟・・・!」
目を丸くする満田の横で飛岩は彼をじっと見た。
(・・・!)
殆どの者には意味不明。めちゃくちゃで、何のアドバイスが含まれている訳でもない・・・だがそのシンプルな激励が、何より翠には響いた。
「そうだ・・・俺はこんな所で負ける訳には・・・!!」
歯を食いしばり・・・苦痛で顔を歪めながらも何とか立ち上がる。
『何と!!御影選手立ちましたー!!気力十分、まだ戦えるようです!!』
「良いぞ!!行けえ翠君!!」
「ぶちかませ、にーちゃん!!」
皆の応援を受け、再び翠が構えを取る。
・・・その姿にチャンピオンはニヤリと微笑む。
「へへっ、そう来なくっちゃな。こんな面白え試合、もう2度と味わえやしない。100ぺんでも立ち上がって・・・200ラウンドでも付き合ってもらわなきゃ困るぜ!!」
そう言うと彼はまたも翠に襲い掛かった。翠はパンチでそれを迎え撃つ。
が、当然殴られればチャンピオンの必殺技は牙を向く。
『出ましたー!チャンピオンのダブルソードカウンター!!御影選手これは・・・いや!』
しかし翠は倒れなかった。チャンピオンが倒れぬなら彼もまた倒れぬ。よろけながらももう一度攻撃を仕掛ける。
うおおおおおおおおぉ!!!
およそトップランカー同士の一騎打ちとは思えぬ防御も糞もない殴り合い。しかし、会場の誰しもがそこにマイナスの感情を抱いてはいなかった。極限の打ち合いに、大興奮していた。
もはやラウンド終了の鐘以外に、彼等を止めるものは無かった。
「ううっ、これは酷い・・・」
・・・インターバルの間に大急ぎで応急手当をしながら、満田が漏らした。見ると翠の体には至る所に生々しい痣が刻まれている。
「だが、それはチャンピオンとて同じじゃないんですか?」
遠藤が相手のコーナーを見た。
当然チャンピオンにはいつも超一流のセコンドが付く。最も、それが活かされる事などこの20年一度もなかった。しかし今度ばかりは違う。向こうでも皆が忙しそうに動き回っていた。
「いや、残念じゃがダメージはこちらのが上じゃ。勿論翠君も攻撃を返してはおるが・・・それでもチャンピオンの攻撃力、タフネス共に彼を上回っておる・・・。恐らく次のラウンドを耐えるのは・・・。」
満田の分析は絶望的なものだった。
その時、飛岩は妙な事に気付いた。
「おい・・・翠?・・・こいつ気を失って・・・」
「何・・・?」
まるで死んでいるかのように安らかに、彼は目をつぶっていた。あれほどの猛攻を受けたのだ、意識が無くても不思議ではない。
しかし次の瞬間、翠は勢い良く立ち上がった。
・・・ラウンド開始の鐘が鳴ったのだ。
それを見て満田は・・・オロオロするでも無く、医者を呼ぶでも無く、ただ凛としてこう尋ねた。
「翠君、まだ戦えるのか?」
「勿論だ・・・。」
翠の答えに、満田はただ黙って彼を送り出した。
いよいよ始まった第8ラウンド。
相変わらずダブルソードカウンターを攻略する手立てを得た訳では無い。それでも翠は何度も攻撃を仕掛けた。その威力に倒れ、限界が訪れるまで・・・
そして徐々に、その時は近付いていた。
『ああー!!御影選手3度ダウン!!チャンピオンの猛烈なカウンターにとうとう倒れました!!』
・・・しかし翠はまだ意識を失ってはいなかった。とはいえ、立てるのはもうこれで最後だろう。進みゆくカウントを聞きながら、冷静に思考を巡らす。
ダブルソードカウンターを破る方法・・・それは考えついていた。チャンピオンがカウンターを放てぬ程の強烈な一撃で、彼をダウンさせてしまえば良いのだ。
だが、問題は翠にはもうそんな強力な技は残ってはいないという事だった。これまでの強敵達の技の数々でも、あのチャンピオンからダウンを取ることは出来なかった。
万事休す、もう打つ手など無い・・・そのはずだ。
しかし、こうして地面の冷たさに体や頭を冷やされると何かが引っかかる。
何か・・・大切な事を忘れている気がするのだ。
「セブン!エイト!!」
カウントももう限界、翠は立ち上がる為膝を付いた。
・・・その時だ。彼の耳にカウントとは違う声が聞こえてくる。声の主はリングサイドで羽交い締めにされていた。ぶつぶつと係員に喚き散らしている。
「なんだよ!暴れねえってんだろが!!今重要な所なんだ、離せコラ!」
(こんな時にまでお前は・・・。いや、そうか・・・!なんだそういう事か!・・・フッ、俺とした事が・・・一番大事な事を忘れていたじゃないか。)
立ち上がりながら翠はニヤリと笑った。気付いたのだ、その胸に引っかかっていたものに。忘れていたのだ・・・その技の存在を。
実況が、観客が、セコンドの満田達が何かを叫んでいる。そんな中翠は意識をただ目の前のチャンピオンに集中した。その口元には笑みさえ浮かんでいる。
チャンピオンもまた微笑みを返す。
「へっ、笑ったな・・・だがこれで今度こそ終わりだぜ。」
・・・猛然と突っ込んでくる相手を見ながら、翠はタイミングを合わせるべく更に深く集中した。
その技は・・・こちらが打ちのめされればされる程生きる。
そして、相手が勝ちを確信した瞬間・・・そのここぞというタイミングで絶大な威力を持つ。
それは正に・・・最強のチャンピオンを打ち倒す程に・・・!
翠はチャンピオンのパンチに対して大きく仰け反った。
会場の誰しもが、それを回避の為の行動と見ただろう。だがただ1人、轟だけは違った。
「うっ、まさか・・・あれは・・・!!」
次の瞬間、翠の足は地を離れた。そしてそのままチャンピオンの顎を蹴り上げ、翠は後ろに回転したのだ。
ばごおっ・・・!!!
凄まじい破壊力にチャンピオンの体は浮き上がり、そのまま地面へと叩き付けられた。
翠が放ったのはまさしく・・・轟の必殺技、ムーンサルトだった。




