第四十六話
次のラウンド以降、やはりチャンピオンは巻き返してきた。
トップランカー達の技に、実にハイスピードで対応していく。
5ラウンドの半ばにはもう、ほぼその全てを攻略しきっていた。
パンプアップした翠のスピードを完全に捉え、
筋肉の溝を付くことでその強固な肉体の防御力を貫き、
爆竹はもはや光と音のこけ脅しにしかならない。
両手両足の4つの戦法などは元々レンとの戦いで慣れている、使う事さえ分かっていれば彼にはどうという事は無かった。
そしてその翠の策の殆どが、もう切れかかっていた。
「不味いな・・・にーちゃんの体が縮んじまってやがる。パンプアップはそう何ラウンドも持つ代物じゃねえんだ。爆竹ももう殆ど切れちまってるみたいだし・・・。」
遠藤が口を歪ませる。飛岩もまた冷や汗を浮かべながら注意深く翠を見た。
・・・すると、ある奇妙な点に気が付いた。
「ん、待てよ・・・?遠藤さん。その割には・・・翠の奴はやけに善戦してやいませんかい?」
「何・・・?」
言われて初めて彼も気付いた。確かにそうだ。万策付き果てた割には、翠はダウンもせずチャンピオンに食らいついている。
そしてほぼ同時に、2人は気付いた。
「避けてるんだ・・・にーちゃんは・・・」
「翠の奴・・・まさか・・・!」
そう、翠は実に見事にチャンピオンの攻撃の大部分を回避していた。だからこうして倒れずにいられる。
考えれば単純だ・・・チャンピオンは5ラウンドかけて翠の戦法を攻略した。ならば当然、翠もまた5ラウンドの間チャンピオンの防御術とやり合ったのだ。
そしてこの天才は・・・5ラウンドでその防御術のノウハウを吸収し身に付けたのだ。
こうなると、2人の力は殆ど五分だった。
勿論防御そのものはチャンピオンの方が遥かに練度が高い・・・彼に軍配が上がるだろう。
だが、対する攻撃に関しては・・・翠の方が僅かに上だった。手数で劣るとも確実にダメージを与えていく。
うおぁぁぁあああ!!!
高度かつ派手な打ち合い・・・その圧巻に観客は湧いた。勿論あちこちの実力者達も含めてだ。
こうして第5ラウンドの幕は閉じた。
「いける、いけるぜにーちゃん!!あともうひと踏ん張りであのチャンピオンに勝てる!!」
「いいか翠、ここが正念場だぞ。」
激励する遠藤と飛岩、しかし打って変わって満田会長と翠は静かだった。呼吸を整えながら、翠が静かに言う。
「なあ・・・あのチャンピオンは今、本気を出してると思うか?」
「え・・・?」
妙な翠の問い掛けに、遠藤は目を丸くした。
「いや、勿論本気なのは間違いない。それは戦ってる俺が一番分かってる。分かってるんだが・・・奴の燻った目の奥底で、何かまたベクトルの違う何かが・・・燃え始めている気がするんだ。」
「またお前の直感か・・・確かにあのチャンピオンの底がしれないのには違いない。だが例え何が潜んでいようと勝つしかないんだろう?お前は・・・。」
飛岩がぐっと翠の肩を押しリングへ送り出した。
「そうだな・・・その通りだ。ともかく今は全力でぶつかるだけだ・・・!」
翠は小さく微笑みながら再び飛び出した。
試合が始まってからというもの、満田会長はずっと口を真一文字に結び黙り込んでいた。
見かねた遠藤が声を掛ける。
「会長・・・一体どうしたって言うんです?オロオロと悲鳴を上げられるのもアレだが、そうして仁王立ちされてんのもそれはそれで気味が悪いや。」
「・・・。儂は・・・儂はわからない。一体どちらを応援すれば良いのか・・・」
「・・・?一体何を言って・・・」
どがっ!ばきっ!!
再度始まった打ち合いと大歓声に、2人の会話はかき消された。
「・・・っ!」
翠のパンチを避けながら、チャンピオンは距離を取った。その顔にはほんの少し疲れが見える。
「御影・・・。まいったぜ、お前はとんでもねえファイターだったよ。本当にな・・・。」
そう言うと彼はぼんやりと笑った。
そして・・・あろう事かその最大の武器である、彼の象徴とも言えるガードを・・・下ろしてしまった。
呆然と立ち尽くし翠を見ている。
『ああーっと!?これはどういう事か?チャンピオン、戦意喪失か!?』
『・・・これは!?』
会場の皆が困惑する。それは戦ってる翠とて、例外では無い。
(何だ?これではあまりに無防備・・・むしろ逆に不気味な・・・いや!)
決死の覚悟を決めると翠は踏み出した。なんて事はない、隙だらけの相手に渾身の一撃をぶち込むだけだ。
「い、いかん・・・翠君・・・!」
満田が叫ぶがもう止まらない、翠は全力の一撃を叩き込んだ。
(・・・これで決まりだ!!)
どごっ!!その拳は確かに決まった。だが・・・
どごおっ・・・!!更に大きな音が響く。
次の瞬間、翠は側頭部に強烈な衝撃を受け倒れた。
チャンピオンは翠の攻撃を受けつつも、反撃の拳を繰り出したのだ。
その凄まじい威力に、翠の意識は遠のいていった。




