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明日なんて来ない  作者: クロット
4章 遥かなる頂点
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第四十五話

・・・翠はまず、全身全霊でその拳を放った。


ハードな筋力トレーニングによって、自分のパンチスピードは確実に上がっていると踏んだからだ。これならチャンピオンの動きを捉えられるかもしれない。


が、やはり重りを外したチャンピオンの最高速度は想像以上だった。翠の拳が、まだ顔1つ分は離れているかという距離で回避を完了する。

そしてその動作を実に無駄なく行うのだ。パンチのリーチを読み切り、このくらい避ければ当たらないだろう・・・という絶妙な位置に移動しコンパクトに攻撃を回避する。翠の拳は彼の耳すれすれを掠め外れた。


結果として、翠が今の攻撃をする間にチャンピオンには2発の反撃を繰り出す程の余裕があった。お手本のようなジャブで翠の鼻先を捉える。


「ぐっ・・・。」

よろけるが、ダウンまではせず留まる。


「どうしたよ・・・へへっ。」

チャンピオンは相変わらずのにやけ顔だ。



当たらなければダメージは受けない。

シンプルでわかりやすい道理。それを突き詰めたのがチャンピオンのスタイルだった。

スピード、読み、反射神経・・・極限まで高まったそれら全てがその最強の防御を生み出していた。


無論、その攻撃力とて生半可では無い。

伊達に5年前のレンを龍天星拳法すら出させず打ち倒してはいない。

今の軽いジャブ2発でも、翠は十分すぎるダメージを受けていた。



一見、無駄なダメージを負っただけに思える今の攻防。・・・しかし、翠は後悔してはいなかった。むしろ幸運だとさえ思った。この程度のダメージでそのスピードを拝む事が出来たのだから。


(いける・・・これなら・・・)

翠は不敵に笑った。



・・・4つの異なる武術で立ち向かうレンの戦法。実は、これはチャンピオンに対して非常に有効な戦術だったのだ。絶え間無く切り替わり襲い来る自在の攻撃を読みきって避けきる事など、さしものチャンピオンとて至難の技だ。もしもレンの中に、龍天星拳法を使わぬ事への迷いが無ければ、なかなかに善戦出来ていたに違いない。


そこに翠は勝機を見た。そしてこの1ヶ月、ジムを空けていたのはその為だった。




「何?龍天星拳法を見せてくれだと?・・・別に構わんが・・・」

・・・チャンピオンと過ごした日の翌日。満田ジムを訪れたレンに、翠はそう頼んでいた。


がぶり!龍の牙が翠の左手へ噛み付く。するとその手はだらりと感覚を失ってしまった。


「・・・っ!!・・・流石だな。いや、これはちょっと真似できねえな。」

ぷにぷにと腕を確かめながら翠が言うと、レンは笑った。


「真似?・・・ハハハ、そうか。対チャンピオン戦にあたり龍天星拳法を身に付けようというのだな。面白い着眼点ではあるが・・・それは無理だな。この私とてこれを会得するのに15年の歳月を経た。一朝一夕で身に付くものではあるまい。」

「それもそうか・・・じゃあ今度は少し、かまえてくれないか。」

「ほう?こうかな・・・」

半信半疑に構えを取るレン。次の瞬間、彼は凄まじい物を見た。


「・・・な、まさかこれは・・・!!」




「うおおっ!!」

余裕綽々のチャンピオンへ向け翠が蹴りを放つ。しかし当然彼はこれも容易く避ける・・・


が、その時異変は起こった。翠のズボンの隙間から数本の鞭が飛び出したのだ。


「な、何だ・・・!?」

流石にそれまでは避けきれず、チャンピオンは腕でガードした。すかさず翠は、もう片方の足で地面を思い切り打ち付ける。


するとどうだ、激しい振動がリングを伝いチャンピオンの足を襲った。その場から動けなくなる。


観客席で試合を見守るレンは舌を巻いた。


「ふふ、全く恐ろしい才能だ。龍天には及ばぬとはいえ・・・あの暗器術もグラウンド・ショックも1ヶ月そこらではとても身につけられる物では無い。翠、とんでもない男だよ君は・・・。」


「なんでえ、これじゃあまるでレンの野郎の・・・ん?」

足を取られながらチャンピオンが翠の方に目をやると、彼はまた奇妙な動きをしていた。


ひゅー、こー・・・ひゅー、こー


独特の呼吸と共に小刻みにジャンプする。

するとなんと、翠の体は少しずつ大きくなっていくではないか。


その様子にリング際で遠藤が叫ぶ。

「ああっ!?あれは俺のパンプアップじゃないか。けっ・・・あんにゃろ、やけにこの頃俺の練習を注意深く見てると思ったら・・・」


翠はまだ痺れが引ききらぬチャンピオンへ向け勢い良く飛び出した。


(何・・・速え・・・!?)


パワーアップした翠の肘が突き刺さる。そして苦痛で目を見開くチャンピオンへ向け、何度も連続攻撃を仕掛けた。凄まじいスピードとパワーにチャンピオンが押される。


「・・・ぐ、この・・・調子に乗るんじゃ・・・!!」

何とか繰り出した反撃のパンチが翠の胸に入る。


瞬間、突然彼の胸が爆発した。


「なっ・・・!?」

何が起きたのかわからないという様子でチャンピオンがよろめく。


客席の聡は興味深そうに翠の爆発した胸を見た。

「フッ、いきなり俺の所へ来て『体がどうなっているのか見せてくれ』などと言い出した時は何事かと思ったが・・・そういう事か。俺の機械の体を・・・お前流に再現したという訳だな。」


流石に聡の様に火薬・・・とまではいかないが衝撃で小さな爆発を起こす爆竹を、翠は服の内に仕込んでいた。



・・・しかしチャンピオンもそういつまでも怯んではいない。


「野郎、ちょこちょこと小細工仕込みやがって・・・だったらその剥き出しの顔面ならどうだ!」

そう言うと彼は素早く左の拳を翠の顔面に打ち放った。


ごきっ・・・!

一瞬2人の動きが止まる。


・・・ぎろり。

なんと翠は何事も無かったようにチャンピオンを見た。


「・・・あん?」


次の瞬間、翠は勢い良く両手を振り下ろしチャンピオンを叩き伏せた。


「がはっ・・・!」


「フフフ・・・」

特盛のポップコーンを流し込みながら、ダルベスはニヤリと笑った。


「あのボーイには私用の特別食事メニューを数週間分プレゼントした。最も、彼はハードトレーニングでそのカロリーの殆どを消化し筋肉へと変えたみたいだがね。・・・ハハハ、ちょっとやそっとの攻撃ではダメージも受けまいだろうよ。」



それでも、チャンピオンをダウンさせるまでには至らない。ここでラウンド終了の鐘がなった。


「・・・なるほどな。」

コーナーに戻ってきた翠を見ながら、飛岩が感心する。


「『これまでの全てをぶつける』・・・それは文字通り、これまで戦ってきた相手の戦術を使って戦うという訳か。」

そう、この1ヶ月間・・・翠はこれまでの対戦相手達の所を回っていたのだ。その技や強みを己の物とする為に。


『いやー今井さん、いきなり凄まじい攻防でしたね。』

『その通りですな・・・特にあの御影の動き、あれはとんでもないとしか言えません。自分が戦った敵の技をそのままぶつける・・・そりゃあ強いはずですよ、何せ自分が身を持ってその威力を体験してきている訳ですからね。』

実況と解説にも些か興奮が見られる。


『ではこの試合・・・ここまでは御影選手優勢と見て間違いないでしょうかね?』

「・・・勿論ここまではそうですな。優勢も優勢、一気に勝ってもおかしくない。しかし・・・それで終わらないから彼はチャンピオンなんですよ。」

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