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明日なんて来ない  作者: クロット
4章 遥かなる頂点
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第四十四話

この日は遂にワールドチャンピオンズファイト、チャンピオンVS翠の決戦の日だ。


会場は今頃音の一つでも拾ってやろうという観客で、外まで大行列だろう。



それとは対照的に、川の土手はいつも通りの静けさだった。


結局、轟はファイトを辞めるという事を厳八に伝えられぬままだった。何というか・・・彼を悲しませるのが、ただ辛かった。


その日も、轟はぼうっとトレーニングに励んでいた。

そんな時だ、見慣れぬ作業着姿の男が彼の元へ駆け寄ってきた。


「あ、あんたは・・・厳八さんの同居人かい?」

「まあ・・・そんな所だが・・・。」

轟は手を止め返事をした。どうにも男は動揺しているように見える。


「厳八さんが倒れた・・・!!」

「なんだと・・・?」



厳八はすぐに救急車で運ばれたらしい。轟も大急ぎで病院に向かった。


(倒れただと・・・?馬鹿な、オッサンはそんなに悪かったのか!?くそっ、老体が無理しやがって・・・!)


病院に着いた轟が見たのは・・・手術室に運ばれる厳八の姿だった。口には呼吸維持装置が付けられている。慌ててそれを追いかける。


「下がって!急を要します!!」

「オッサン!!しっかりしろ!!」

救急隊員が止めるのを振り払い轟は厳八に叫んだ。それに気づいた厳八はなんと自分で呼吸維持装置を外した。


「おめえ・・・トレーニングはどうした。」

「馬鹿野郎何言ってやがる・・・!そんな事今はどうでもいいじゃねえか。」

叫ぶ轟に厳八は虚ろに微笑んだ。どうも意識がはっきりしていないようだ。呂律も怪しい。


「へへ、轟・・・翠を、翠を頼む・・・。」

「あ、ああ・・・」


すると救急隊員が厳八の腕から呼吸維持装置を奪い返し、慌てて彼にはめた。

厳八達はそのまま手術室に突っ込んでいき、その扉は固く閉ざされた。



・・・轟は医者に厳八の病状を伝えられた。

説明を受けたところで彼には詳しい事はわからない。とにかく・・・彼の体は重い病魔に蝕まれていて、むしろこれまで生きれたのが不思議な位だという。

大量の痛み止めで、全身の激痛を誤魔化し続けたそうだ。


「手は尽くしますが・・・恐らくもう・・・。」

医者は最後にそう告げた。



しばらくして、轟はいきなり立ち上がった。慌てて医者が尋ねる。


「な、どこへ・・・?」

「うるせえな・・・行く所があんだよ。心配しなくてもカタがつく前に戻るさ。・・・それまで持たせなかったら・・・ぶっ殺すぜ。」

そう言うと轟は駆けて行った。



チャンピオンとの決戦をほんの数十分後に控えた翠の控え室。満田は大一番を前にオロオロとしていた。


「翠君・・・一体君は今日の今日まで何処へ行ってたというのだ。わしは君が来ないんじゃないかと心配で・・・」

「すまない・・・だがそれは無い、絶対にな・・・!」

翠はきっぱりと言いきる。


(ふっ・・・。)

飛岩は黙って微笑を浮かべた。

どうせ翠の事だ、何か秘密特訓でもしていたのだろう。さして気にも止めていなかった。


「それにしてもにーちゃんがまさかここまで来るとはね・・・」

遠藤がしみじみ腕を組む。


・・・その時、突然けたたましく控え室の扉が開いた。飛び込んでくるのは満田ジムのマネージャーだ。


「何事かね!?これから試合という大事な時に・・・。」

睨みつける満田にマネージャーは頭を軽く下げ叫んだ。


「そ、それが・・・翠君、厳八氏が倒れた!!」

「何だと・・・?」



マネージャーは事の一部始終を語った。

当然、厳八が長くは持たなそうな事も。


「そうか・・・分かった。」

翠は静かに頷いた。マネージャーが言いづらそうに伝える。

「今ならまだ・・・最後に少し位会う事も・・・」

「ま、待て・・・試合はどうするんじゃ!?」

慌てて満田が遮る。


「し、しかし・・・」

「・・・大丈夫、俺は行かないさ。」

満田とマネージャーがあれこれ言い合うのを制止するように、翠がピシャリと言った。


「だが、しかし・・・厳八氏は・・・」

モゴモゴと、頭を掻いたりキョロキョロしたり、マネージャーは不自然な素振りを見せる。それを見て翠は微笑んだ。


「そうか・・・あんたは知ってるんだな。・・・分かってるよ、厳八のオヤジは俺の父親なんだろう?」

「何じゃと・・・!?」

たじろぐ満田の横でマネージャーが小さく頷いた。


「その通りだ。・・・君はそれを知っていて尚行かないというのかい?」

「ああ。半年近く一緒にいたんだ・・・何となくだが・・・。」


そう、薄々感づいていた。轟がこんな事を言った事もあった。

『お前とオッサンって全然違うタイプなようで時々そっくりだよな。』・・・と。

翠自身、見知らぬ中年と共に暮らしているとは思えないような奇妙な居心地の良さは感じていた。


そしてこの日、マネージャーの様子を見て遂に確信した。


「待つんじゃ。」

満田が真剣な目で翠を見る。


「実の父親と聞けば話は別じゃ、本当に君はそれでいいのか?」

「ああ、構わない。」

「では厳しいようじゃが言い方を変えよう。・・・そんな状態で本当に試合ができるのか?もし君が試合の中止に対する罰金やなにかに何らかの責任を感じているならそんな物は儂がいくらでもどうにかしよう。それでも本当に試合に出るのか?」

「ああ、むしろ今の知らせを聞いて尚更負けられなくなった。厳八のオヤジは・・・親父なら必ずそうしろと言うだろう。自分のせいでベルトを取り逃したなんて聞いたらそれこそ死んじまうだろうな。・・・だから、俺は出る。」

翠は静かに・・・だが力強く言い切った。

「分かった・・・それなら何も言うまい。」

満田は口を結び俯いた。



『さあいよいよ!!いよいよやって参りました一年のファイトの総決算・・・このチャンピオンベルトを賭けた戦いが・・・!!しかし今年は少しいつもとは違います。難攻不落のチャンピオンに挑むのはレン選手ではありません!破竹の勢いでチャンピオン戦にまで一直線に駆け上がったこの男・・・御影翠選手だーっ!!』

派手な実況と、割れんばかりの大歓声に包まれ翠陣営が入場する。今や翠も超人気選手だ。その表情にも堂々たるものが見える。


その後の方で、遠藤が満田に耳打ちした。


「会長、にーちゃんは大丈夫そうですよ。いつもの余裕がありそうだ。」

「分かっておるとも。・・・だからこそ、儂は今宵のカードを憎むよ。もし相手が他の者なら・・・きっと厳八氏に勝ち星を飾れたろうに。何故今日に限って相手があのチャンピオンなんだ・・・。」

「・・・。」

意味深げな言葉に、遠藤は何も答えなかった。



会場のあちこちに、そうそうたる面々が見える。

隅の方で佐々木会長と共に並んでいるのはランク3位、桐生聡。

3人分の席を占拠しドカンと座るのは、ランク5位、ワルバード・ダルベスだ。

ランク2位、レン・ウェンシアは前方の特等席で腕組みをしている。


そしてとうとう・・・そんな強者達の頂点に立つ男が現れる。


瞬間、会場は揺れた。

耳をつんざく歓声に、会場ごと振動したのだ。

その口元にはいつもの笑みを浮かべ・・・彼はゆうゆうと入場してくる。観客達は年に一度拝める王者の姿に思わず立ち上がる者ばかりだ。


『いやはや、毎年の事ながら凄まじい人気ですね。・・・解説のビスマルク今井さん、これはやはり相手が変わっても今年もチャンピオン優勢でしょうか?』

しかし、今井は暫く答えなかった。実況が困り出した所でとうとう口を開く。

『・・・ここは敢えて今は何も語らないという解説をさせていただきましょう。それがこの試合においてベストな選択と判断致しました。』

『は、はあ。それはそれは・・・』


リングに立ち並ぶ2人。

いつになくがっちり構えた翠と。

余裕の表情で軽く構えるチャンピオン。


ついにその幕が開いた。

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