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明日なんて来ない  作者: クロット
4章 遥かなる頂点
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第三十九話

翌日、満田ファイターズジム。


「翠君、今まで喚くばかりで何の助言もしてやれなかった儂じゃが、今回もやはり戦略的な面では力になれなそうじゃ。」

満田が慎ましく言う。翠は小さく「ああ」と答えた。

別に期待はしていなかった。どのみち試合となれば最後は戦うのは自分一人だ。


「じゃがな、代わりに儂は公開練習の場を用意した。・・・チャンピオンのな。」

「・・・何だと?」




数日後。惑う翠を連れ、満田は彼が所持する大競技場の一つへと向かった。流石は世界有数の大富豪、その競技場は世界レベルのイベントを優に行えそうな大きさだった。

満田、翠・・・それから飛岩の三人は観客席最前列の特等席へと歩いていった。一般公開されているのか、辺りには既に客やら報道関係やらがごった返している。


「凄い数だな、普通の試合の日みてえだ。・・・それにしても会長はとんでもないな、これだけのイベントをたった数日で用意するとは・・・」

舌を巻く翠に飛岩が笑いかけた。


「ははは、流石にそいつは会長でも無理だな。・・・前もって企画したんだろう、勝っても負けてもお前にはいい勉強の機会になる・・・ってな。最も、会長はお前がレンに勝つと信じてたのかもしれないが。」

やがて3人は特等席に辿り着いた。満田、翠、飛岩の順で腰掛ける。


「わー!わー!」

公開練習といっても、それは実際に試合形式のスパーリングで行われる・・・。その対戦相手として呼ばれた美形の男が入場してくると、辺りから歓声が沸いた。


「ランク14位、シュベルト・ライナロス。人気、実力共にトップクラスの選手だ。会長もなかなかの相手を用意する・・・。」

飛岩が顎に手を置き膝を組んだ。翠もその姿をよく見る。


続いて、万を辞してチャンピオンが入場してくると、会場はさっきの数倍は湧いた。


・・・そして翠は、その男の姿に目を見張った。


(・・・!!あいつだ!やはり奴が・・・チャンピオンだったのか!!)

声援を受けリングに上がる男の姿は正に、先日控え室前で出くわした人物だった。



「うおおおチャンピオンーー!!」

「きゃーこっち向いてー!!」

「練習でも何でも、あんたの戦う姿が見れて嬉しいぜ!!」


「生で見るのは初めてだが、凄まじい人気だな・・・」

飛岩はその声援に呆気に取られた。


「・・・チャンピオン・・・その称号を持つ者はこの世にごまんとおる・・・」

ゆっくりと語り始める満田。翠も耳を傾けた。


「スポーツの世界大会のものから巷の大食いコンテストまで・・・その種類も規模も多岐にわたるじゃろう。だが、世の人々に『チャンピオンといえば?』と問えばおそらく皆が同じ者を思い浮かべるじゃろうな・・・。」

そう言うと満田はじっとリングの上の男を見た。


「初めてそのベルトを手にしてから実に20年もの間・・・彼はワールドチャンピオンズファイトの頂点に君臨しておる。いつしかチャンピオンとは彼を指す固有名詞になった。レジェンドオブレジェンズ・・・正に生ける伝説じゃ。」

翠や飛岩もまた、リング上のチャンピオンに目を向けた。


すると、突然何人もの男がリングへと歩いてきた。彼等は皆二人一組で何かを抱えふらつきながら歩いている。何とかリングへ登ると、抱えていたそれをチャンピオンの手足へ付けた。


・・・重りだ。石でできた手錠のような形状の重り。男が抱えていた様子から推定15から20kg程と思われる。

チャンピオンはそんな重りを4つ付けながらも平然と笑った。対戦相手のシュベルトは訝しげにその様子を見る。


「・・・。」

「へっ、練習なんつってお互い控え目に優ーしくやったんじゃつまんねえからな。ふふっ・・・ちったあ頭に来たかい?」

チャンピオンはニヤニヤとシュベルトの顔色を伺った。確かに、少し不機嫌そうだ。


「もう一押し欲しいな・・・そうだ!何も練習なんて言わねえ、もしお前が勝ったら俺のベルトをくれてやるぜ。めんどくせえトーナメントを行わずとも一発でチャンピオンへ超特急さ。・・・どうだい、やる気出てきたんじゃねえか?」

ぴくり、シュベルトはその眉を顰めた。



そして始まった公開練習・・・。

翠は凄まじいものを見た。


(何だ・・・何故あれであんなに動けるんだ・・・!?)

チャンピオンは両手両足に重りを付けながら、実に機敏に立ち回った。がっちりと基本の構えを取り、右に左にシュベルトの攻撃を避ける。


「おっとっと・・・へへっ、ハズレだぜ。」

躍起になってシュベルトが腕を振り回すが、その攻撃は命中しない。

あれほど煽ったにも関わらず、試合どころか練習・・・いや、遊び相手程度にしかなっていないようだ。次第にシュベルトが疲労していく。


「まだだ、まだ私は負けてはいない・・・!」

するとシュベルトは、これまでとは全く構えを取った。回転したり飛び跳ねたりしながらチャンピオンに襲い掛かる。

これはエルシング・アサルトパレードというシュベルトの必殺技だ。彼の国に伝わる伝統的な踊りを攻撃に昇華し、変幻自在の一撃を舞うように仕掛けるのだ。


しかし、その渾身の必殺技もまるで通用しなかった。


「へえ・・・はは、なかなか面白えじゃねえかよ。よっと・・・!」

なんとチャンピオンはそれをあたかも何度も見てきたかのように、完璧に避け切った。自分もジャンプしたり回ったり、まるで余裕そうだ。


対レン戦で、同じような事をやってのけた翠にはその恐ろしさが嫌というほどわかった。


「・・・!?あの二人が対戦するのは今日が初めてじゃないのか?何故あそこまで完璧に避けられる・・・。」

思わず翠は声を漏らした。


「そのはずだが・・・いや、仮に初めてじゃないとしてもあの舞は普通は見切れる物じゃない。・・・恐らくチャンピオンの類まれなる経験が、筋肉や関節の僅かな動きだけで相手の動きを読む事を可能としているんだろう。」

答える飛岩の声もまた驚愕に満ちている。


(筋肉や関節だと・・・?そんな事が可能なのか?)

動き回るシュベルトに注目する。・・・が、やはり翠といえどその動きを完璧に読む事はできなかった。



「・・・ゼェ、ゼェ」

シュベルトの動きは完全にキレを失っていた。そしてその姿を確認すると、チャンピオンは呟いた。

「・・・終いだな。そんじゃまあ、こっちから行くぜ・・・!」


一撃・・・!斜め下から打ち上げるような拳に、シュベルトの体が浮き上がる。


うわーっ!!

ギャラリー達は一斉に湧き上がった。


「どうだ・・・翠君。あれが・・・チャンピオンじゃ・・・。」

満田はゆっくりと翠の方を見た。その顔からは血の気が引いている。


が、当の翠はじっとチャンピオンを凝視していた。その様子に・・・その表情に、何処か違和感を感じたのだ。

あれほど華麗に勝ったというのに、まるで嬉しそうではない。かといって勿論悲しそうでも悔しそうでもない。なんというか・・・


寂しそう。その言葉が最もしっくりきた。

そして翠は、何故かその目をどこかで見たことがあるような気がした。

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