第三十八話
「えー、それでは勝利した御影選手にインタビューを・・・」
手足の感覚も戻り、リングから降りた翠達は報道陣に囲まれていた。
「御影君、チャンピオン戦に向けて抱負や何かありますか?」
「抱負も何もここまで来たんだ、勝つ以外にはありはしねえよ。・・・疲れてるんだ、もういいだろ。会長、後は適当に答えておいてくれないか。」
「あっ、ちょっと待って御影選手!!写真を一枚・・・」
翠は邪魔な報道陣をかき分けると小走りに控え室の方へ向かっていった。満田は追いかけようとする者の前に立ちはだかった。
「おほん、ああ言っているんだ・・・後は儂が引受けましょう。」
「・・・。」
報道陣のしつこさに翠はうんざりしていた。
次はチャンピオン・・・そう言われてもしっくり来ない。まだその体にはレンとの戦いの余韻が嫌というほど残っていた。
そう、つまり・・・疲れ切っていたのだ。
小さく息を吐きながら、翠は控え室の扉を開こうとした。・・・その時だ。
「いやーいい試合だったぜ・・・ええと、御影・・・だったかな?」
見るとそこには、笑みを浮かべた若い男がいた。・・・いや、若そうに見えるが実は結構歳がいってるのかもしれない。うっすら浮かぶ肌の皺・・・何よりもその穏やかだが奥に何かを秘めたような目からは、10年20年ではきかぬ深い経験が感じ取れた。
またか・・・。
翠はため息をついた。こんな所まで詰め寄る記者もいるとは・・・
「次のチャンピオン戦も勝つ・・・俺から記者に言う事はそれだけだ。わかったら消えてくれ・・・休みたいんだ。」
「・・・は、記者?ああ、なるほどな・・・。」
男は一瞬目を丸くしたが、すぐにまた小さく笑った。
「そうかそうか・・・。いや・・・いい試合とは言ったがな、レン相手にそこまでボコボコにされたんじゃ・・・チャンピオン戦はキツイんじゃないかい?」
「何・・・?」
ぴくり、翠の眉が動いた。
「だってそうじゃねえか・・・アンタ今それこそその辺の記者にすらのされちまいそうな面してるぜ?」
ふふっと男は嘲るように笑った。
「・・・だったら、試してみるか・・・?」
翠は拳を振り上げた。
普段の彼なら、こんな浅い挑発には乗らないだろう。だがこの時の彼は疲労で冷静な判断が出来なかった。
勿論本当に当てる気は無い、ちょっとおどかすだけだ。翠は拳を引き絞った。
・・・しかし次の瞬間、翠の頬に鋭い風がぶつかった。男が翠が放つより早く、翠の顔の横にパンチを放ったのだ。
「・・・・・・!!」
思わぬ攻撃に翠の目が点になる。
「・・・なんてな。冗談だぜ。」
男は握った拳を開くと、そのままぽんと翠の肩を叩いた。
「・・・そもそも俺は記者じゃねえしな。・・・へへっ、本当にいい試合だった。次も楽しみにしてるぜ。」
そう言うと男は手を振って去っていった。
しばらくして、満田達も控え室へ戻ってきた。
「おや・・・翠君、どうしたんじゃこんな所で立ち尽くして・・・?」
満田が揺らすが返事は無い。翠は先ほどパンチを打ち込まれてからずっと固まっていた。
・・・見えなかった。やられていた。
試合の後で疲れているから・・・そんな言い訳を差し引いてでも、もしあの男が本気で当てる気だったら避けられなかっただろう。
「あの男は何者なんだ・・・?いや、まさか奴が・・・。」
呟きながら浮かんだ考えに、翠は冷や汗を流した。




