第三十七話
「良かろう・・・ならば見せてやろう。しかし後悔する事は無い・・・最強の拳を相手にするのだ、敗北さえ光栄に思うといい。」
途端、再度レンは構えを変えた。
掌を突き出し、曲げた4本の指は牙・・・親指は顎を表す。
龍だ。レンの手に龍が現れた。
そしてこれこそが、龍天星拳法の構えである。
「ハアッ!!」
叫び突進するレンは、噛みつきのようにその手で攻撃を仕掛けた。
「・・・!!」
翠は素早くそれを左手で防いだ。しかし次の瞬間、その手に異変は起きた。
だらり。突然彼の左手は感覚を失い垂れ下がってしまった。
「フフフ・・・それこそが龍天の戒め。」
バックステップで距離を取りながら、レンは説明した。
「龍天星拳法・・・拳さばき自体は指先を使ったごく古典的な咬拳のアレンジだ。だがその真髄はその指で気の流れを断ち切る事にある・・・。つまり、脳からの信号を遮断するのだ。これにより攻撃を受けた箇所は一時的に機能しなくなる。」
「・・・何!?」
彼の言う通り、確かに翠は左手をピクリとも動かせなかった。
「先程は防ぐ左手があったが・・・次はどうかな!?」
レンは翠の無防備な左から・・・その首筋へ向け、再びその牙を放った。
カァァアン!!
攻撃が決まるとほぼ同時に、ラウンド終了の鐘が鳴った。
「翠君!!」
冷や汗をかきながら満田らセコンド陣がリングに駆け込む。すると翠は、どさりと崩れ落ちた。慌ててそれを抱きかかえる。
「おい、翠君!!しっかり・・・大変だ、息をしていない!!ドクター!ドクターを・・・!」
満田が叫ぶと、こんな時の為にリング際に配置されているドクターが大急ぎで駆けてくる。
「離れて、至急救急車を呼ぶ必要があるやもしれん・・・」
しかし、その瞬間翠は目を覚ました。咳と共に呼吸を取り戻す。
「げほっ!!げほげほっ!!」
「あ、翠君・・・!!大丈夫か!?」
「ああ・・・それより、試合はどうなった!?」
翠は身を起こしきょろきょろと辺りを見渡した。
「え・・・ああ、今はインターバルじゃが。いや、そんな事より病院に・・・」
「まだ負けてないんだな・・・?ならその必要は無い。・・・次のラウンドで決着をつける!」
そう言うと彼は立ち上がり、ドクターの静止を聞かず再びリングに舞い戻った。
「始めようか・・・これで最終ラウンドだぜ。」
ニヤリと翠は笑った。
レンは翠の様子を注意深く観察した。
呼吸はすっかり取り戻しているようだが、左手はどうやらまだ使えそうにないようだ。
(流石だな。・・・先程の一撃、首だけを僅かにずらして直撃を防いだのだろう。故にほんの少しの時間で意識を取り戻すことができたという所か。やはり全身全霊、出せる全てを発揮せねば君は倒せないようだ。)
「ハッ!!」
叫ぶとレンは、突然その左足を振るった。仕込まれた無数の鞭が再び翠に襲い掛かる。
「・・・っ!」
意表を突かれた翠は何とかそれを躱すも、体勢を崩してしまった。その隙を逃さずレンは右足を地面に叩き付けた。強烈な振動が翠を縛り付ける。
しかし彼もそう何度も同じ手を食らう男では無い。激しい衝撃に見舞われながらも何とか全身を捻り、逃げようとする。そして足の痺れが少し薄れた瞬間に距離を取るのだ。
だがそれよりほんの少し早く、レンは攻撃を仕掛けた。
「貰うぞ・・・その足を!!」
がっ!!逃げ遅れた翠の右踵に、竜は牙を向いた。
右足の感覚が無くなる。
だが翠は片足でも何とか踏み止まり、ダウンは免れた。
「あの桐生もやってのけた事だ・・・片足だろうと倒れはしない。」
力強く言い放つ翠だが、レンはニヤリと笑った。
「むしろ好都合・・・片足ではこれを躱せまい!」
ズシン!!
唯一残ったその足へ・・・レンはグラウンド・ショックを放った。
これにより翠は・・・完全に移動不能となってしまった。
「翠君!」「にーちゃん!!」
満田らが悲痛の声を上げる。
「ふっふっふ・・・このまま遠距離からいたぶる手もあるが・・・君には一瞬のチャンスも危険だ、一撃で葬らせて貰う!」
するとレンは気合いを入れ飛び上がった。その手を再び龍の形に変え・・・。
彼の狙いは頭だった。どれほどの相手だろうと龍天星拳法を脳に受ければ、もはや何もすることは出来なくなる。
瞬間、翠は四肢で唯一自由のきく右手を振り上げた。
(なるほど、せめて反撃を繰り出そうと言う訳か・・・残念だな、そんな見え見えの攻撃など空中でも躱すのは容易い!この勝負・・・私の勝ちだ!!)
右手一本で打てる位置などたかが知れてる。レンは空中で身を翻し右手の届かぬ位置に移動しながら、翠の頭へその拳を放った。
・・・だが、翠のパンチは思わぬ所へと繰り出された。
翠自身の頬にだ。
自らに攻撃を放ち・・・彼は頭の位置をずらした。対象を失った龍の牙は、そのまま翠の右腕に噛み付いた。
(なんと・・・そんな手で私の拳を躱すとは・・・。だが、今ので万策は尽きた!もう君には腕一本残ってなど・・・!)
レンは着地し、再び攻撃するべく振り返った。しかしその時にはもう・・・翠は行動を起こしていた。
痺れが薄れた左足で・・・思い切り地面を蹴り、自身をミサイルのごとくレンに向けて打ち出した。
ぼごおっ!!
全体重を乗せた頭突きはレンの鼻先にぶち込まれた。
「あがっ・・・!!」
あまりの衝撃に・・・レンはそのまま意識を失った。
今ここに・・・勝負が決したのだ。
両手両足の自由を奪われ絶体絶命の翠だったが・・・辛うじて彼はレンに勝利した。




