第三十六話
それは少し考えれば分かることだった。
レンは4種類の戦法を使う。・・・それも両手両足1本ずつでだ。となれば当然できるはずなのだ。それらを手足で同時に行う事くらい。
そう、それこそが4つの戦法を越えた『その先』・・・すなわちレンの本気だった。
無論翠もその考えに至った。だからこそ、リングの上で数十人を相手取ったり、遠藤と飛岩を同時に相手にするトレーニングを行ってきたのだ。
だが実際に立ち合う4つの龍は、翠の想像を上回った。
右手から繰り出される超高速連撃・・・そしてその間を縫って左足から襲い来る変幻自在の鞭。
それらを掻い潜り・・・何とか攻撃を仕掛けても左手で容易く受け流されてしまうのだ。そして何より、ほんの少しでも油断すれば右足からのグラウンド・ショックで動きを止められる。
絶え間無く攻めいるのだ。4つの竜が・・・まるで1つの生き物のように・・・それぞれの隙を埋め合い、それぞれの強みを殺す事無く・・・。
翠はこのラウンド、なんとかインターバルまで耐え凌ぐので精一杯だった。
「にーちゃん、大丈夫か!?」
遠藤が翠の肩を軽く叩く。すると翠は虚ろな目で彼を見た。肉体的ダメージ以上に、精神的疲労が大きそうだ。
「まだやれるよな?レンの攻撃は攻略できそうか?」
「・・・。4種同時攻撃は・・・五分五分だが何とかなるかもしれない。だがな、奴はまだ何か他にとんでもないものを秘めてやがる。俺はそれが恐ろしい・・・。」
「なに・・・?いや、とにかく今はあの4つを攻略する事を第一に考えろ。他に何かあるとしてもそれは後でいい。わかったか?にーちゃん。」
しかし翠は答えずフラフラとリングへ戻っていった。
「あの翠があんな事を言うなんて・・・だがレンにこれ以上の何かなんて無かったはずだが・・・」
飛岩が呟いた。彼はここ数年のレンの試合をチェックしていたが、4種同時攻撃以上の戦法は見たことが無かった。
「これ以上の・・・か。」
遠藤は何かが引っかかった。
続くラウンド・・・レンは変わらず猛烈な攻めを見せた。だが翠も流石はここまで怒涛の進化で上り詰めてきただけあって、完全とまではいかないまでも少しずつその動きを見切り・・・徐々に反撃の手を繰り出せるようになっていった。
「いいぞ!!いけぇー!翠君!!」
満田の応援にも熱が入る。
レンが鋼鉄を仕込んだ左膝で膝蹴りを放つ。翠は体を逸らしてそれを避け・・・そして右でフェイントをかけて本命の左パンチを打ち込む。フェイントにかかり反応が遅れたレンはもろにそのパンチを肩に受けてしまった。じわじわと肩が痺れる。
「・・・ぐっ。」
するとレンは親指で腕の秘孔を付いた。あっという間に痺れが引いていく。
気付けばレンは4つの戦法だけで無く、彼の持つ100の奥義をも使い始めていた。
口から突風のような息を吐き出し相手の攻撃を逸らす奥義。
高速で同じ点を三連打し、致命的なダメージを与える奥義。
先ほどの秘孔を付くのもそうだ。
だがそれでも、翠を倒し切るほどの力は出せなかった。
(暗器秘術・・・剛沌雷公鞭・・・!!)
レンが左足を複雑に振るうと、そこから滴る何本もの鞭がまるで一本の巨大な木の幹の様に連なり・・・ぴしゃりと翠に叩きつけられた。
「足一本であれほど複雑な技を放つとは・・・だが、翠もまだ倒れてはいない!」
叫ぶ飛岩の視線の先には、がっしりとそれを受け止める翠がいた。
カアアン!ここでラウンド終了の鐘が鳴る。
(馬鹿な、今のを受け止めるとは・・・というより、ここまで苦戦させられるとは・・・。)
レンは一人、コーナーポストに寄りかかりながら対角線で座る翠を見た。
「翠君、いける・・・いけるとも!!いや、ダメージこそ沢山受けているがそれは相手も同じ。これに勝てばいよいよチャンピオンと戦えるんじゃぞ!!」
満田会長が励ますが、翠はうわの空だった。
「まだだ・・・まだ奴は取っておきを出しちゃいない。」
「何を言っているんだ・・・仮にそんなものがあるとしてもその前に倒してしまえば良いじゃないか。」
飛岩も声をかけるがやはり翠はぼうっとレンの方を睨むばかりだった。
レンもそんな翠の姿に気づいた。
(あの目・・・!まだやれるというのか!?)
瞬間、レンの血の気が一気に引く。この感じ・・・チャンピオンから感じるものと同じだ。
(まさか君もチャンピオンと同等の力を持つとでも・・・?何故だ、私はチャンピオンを倒すべく世界中のあらゆる最強の奥義や技術を会得してきた。それが通用しないはずなど・・・いや・・・)
・・・。
しかし、レンは分かっていた。あらゆる武術を学べば学ぶ度、最強の拳がなんなのかを・・・。
そう、それは最初から分かっていた事なのだ。
とうとう、次のラウンド開始の鐘が鳴る。
「頑張れ、翠君!!」
「このラウンドで決めるんだ!!」
満田や飛岩が叫びながら翠を送る中、遠藤は一人考え込んでいた。
(取っておき、取っておきか・・・。そんなものはもうレンには・・・いや、まさか!)
遠藤にはレンの奥の手に心当たりがあった。飛岩が知らぬのも無理はない。それはもう飛岩がデビューする何年も前から使われていないからだ。
ワールドチャンピオンズファイトに現れた頃のレンが使用していた戦術である。
(だが、あれはもう何年も使用してはいない・・・しかしもし本当にレンがあれを使う様なことがあれば・・・!!)
遠藤の頬を嫌な汗が伝った。
ラウンド開始数秒、遂に翠の攻撃が完全にレンを捉え始めた。
一撃、二撃・・・そしてとうとうレンはダウンした。
『決まったー!!御影選手の強烈な一撃・・・これはレン選手立てるかー!?』
「く、おのれ・・・」
レンはなんとか立ち上がった。
しかしこの一撃を皮切りに、レンの側に向いていた形勢が一気に傾き始めた。
高速の打撃も、隙を突いたグラウンド・ショックも・・・翠は華麗に躱していく。
どごおっ・・・!!
『またも決まった、レン選手二度目のダウンだーっ!!』
「ぐっ・・・!」
さしものレンの顔にも幾らか焦りが見える。
(負けるはずなどない、私が・・・こんな所で・・・!)
顔を歪めながらも必死にレンは立ち上がった。すると翠は・・・突然拳を下げた。予想外の動きにレンが動揺する。
「・・・む!?」
「使えよ・・・あるんだろう?取っておきが・・・。」
「何だと・・・!?」
しかし翠はそれ以上答えず、また攻撃を放った。かろうじてレンがそれを避ける。
(取っておきだと?しかし、あれは・・・。いや・・・)
最強の拳、それを考えた時頭に浮かぶのは・・・いつだって一つだ。
それは古今東西、あらゆる武術を学んだ今も変わる事は無い。
逃げていたのだ。チャンピオンに負けた時の言い訳にしていたのかもしれない。
まだ自分には最強の拳があると・・・。勝てない自分を慰める最後の砦としていたのだ。
圧倒的な力を見せられながら、それでもなおそれを超えようともがく翠の姿を見る内に、レンはそれを自覚した。




