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明日なんて来ない  作者: クロット
3章 挑戦者たち
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第三十四話

冬の寒さが消え、暑さの兆しが見える4月の終わり。

トーナメントの際には、大満員の盛り上がりを見せるワールドチャンピオンズファイトの会場も、普段は静かなものだ。

波風轟は・・・この月も殆ど勝てなかった。



彼はぼんやり、川の方を向いて座っていた。

太陽を反射してギラギラとする水の輝きや、時折跳ねる魚の動きとか、そんなものを見ているのか見ていないのか・・・とにかく彼はそちらの方を見ていた。

やがて暗くなると、彼はテントの中へ戻った。壊れかけたランプを灯す。厳八は今日も夜通し日雇いだ。時折する苦しそうな咳に、休むように声を掛けたが・・・今の戦績ではなんの説得力も持たない。


「・・・。」


潮時。・・・ワールドチャンピオンズファイトの舞台を降りる潮時。今がその時なのかもしれない。轟もそれを何となく意識し、理解していた。


ファイトを辞めたらどうなるのか・・・考えた事も無かったが、考える必要も無いのだろう。

これまでだってその場しのぎでも何でも生きてきたし、これからもきっとそうなるのだろう。

どうにかなったのだ。どうにでもなるのだ。これまでも、これからも・・・。


終わりにしよう、ファイトは・・・


「・・・あん?」

ふと、轟はものでごちゃついたテントの隅に見慣れぬビニール袋を見つけた。拾い物大好きの厳八がわざわざ買ってくるのなんて食べ物位だが・・・


そこには大量の不味そうな錠剤と粉薬と、『御影厳八様』と書かれた処方箋が入っていた。


「・・・なんでえ厳八の野郎、やっぱり悪いんじゃねえかよ。・・・ん、御影?御影だと?・・・まさか。」




・・・試合を目前に控え、翠は一風変わったトレーニングに勤しんでいた。

リングの上に、所狭しと満田ジムの選手達を数十人上げて、全員を相手に戦うのだ。


「おおおおおっ!!」

一瞬の隙で袋叩きにされる。もう5回は気を失った。その度に水をバケツでかけられ強引に気付けするのだ。


「翠・・・。」

その姿に飛岩も自分のトレーニングの手を止め見入ってしまっていた。様々な戦法を使う相手に備えて様々な選手を相手取るトレーニング・・・。理屈は分かるが本当にこれは練習になっているのだろうか?


「おいおい飛岩のにーちゃん、手が止まってるぜ。」

「遠藤さん・・・。」

ポンと、遠藤が飛岩の肩を叩く。


「手止まりついでだ、ちょっと付き合ってやろうや。」

そう言うと遠藤はリングに近づいた。


「一回全員降りなよ。・・・あーあ、ひでえもんじゃないか、ボロボロだよ。」

空になったリングには傷だらけで膝をつく翠が居た。


「なんだ・・・邪魔しないでくれよ。」

「いやいや、邪魔だなんてまさか。このトレーニング法、レンの4パターン戦法対策だな。・・・そしてにーちゃんの事だ、『その先に出してくるであろう物』も見据えてるんだろ?」

意味深気に笑う遠藤だが、翠は表情を変えない。


「だったらこんな半端な相手じゃダメだ。俺と、それから飛岩の二人で相手になる。」

「確かに妙案だが・・・それじゃ2パターン分にしかならないんじゃないのか?」

「ああ、だから俺達は二人同時にかかる。それなら十分練習になるだろ?・・・『その先の方』の練習にもな。」

すると今度は翠も、ニヤリと笑い返した。




・・・いよいよ翠VSレンの試合の日。

翠は控え室で試合の支度をしていた。


「・・・いよいよじゃな翠君。む・・・?」

満田が声を掛けるが返事は無い。ぼうっと遠くを見つめているようだ。遠藤が代わりに答える。


「会長さん、今は何を言ってもムダですよ。昨日の練習からこの調子なんだ。でもこれは集中してる証拠だから・・・大丈夫です。」

「しかし・・・」

見ると試合前だというのに全身まだ新しい傷が目立つ。本当にこれで試合ができるのであろうか。


「御影選手、時間です!!リングへ!」

会長の思惑を他所に、係員が呼びに来た。



控え室を出て、リングへ向かう翠陣営。ふと、入場口手前に若い男が立っているのを見つけた。

すると、これまで黙りを決め込んでいた翠の目つきが変わった。


「轟・・・!」

「へへっ、久しぶりじゃねえか・・・翠。」

現れた轟は親しげに翠の肩を叩いた。


「まあ・・・色々あったけどよ、今日は応援に来たんだぜ!すげえじゃねえか、ランキング2位なんてよ!へっ、今日は仕事で来てねえけど・・・オッサンもきっと鼻が高いんじゃ・・・」

ぺらぺらと興奮気に話す轟。しかし翠の反応は薄いものだった。


「ああ・・・轟、すまない。集中したいんだ・・・また後でな。」

そう言うと翠はすっと轟の横を抜けていった。


「・・・。」

一人残った轟は固まったまま動かなかった。別に冷たさや嫌な感じのある言い方だった訳では無い。・・・だが轟は、翠が何処か遠くに行ってしまったような寂しさを感じていた。


「ははは、随分と差をつけられたもんだな。」

「ああん・・・!?」

ぎらりと視線を向けると、そこには飛岩が居た。


「てめえは・・・飛岩か。」

「覚えてもらって光栄だね、ふふふ・・・。」

しかし、飛岩の微笑はすぐに消えた。


「・・・実際問題、お前はどれだけ差をつけられる気なんだ?」

「なんだと・・・?」

「翠はランキング2位と戦うまでの選手になった・・・いや、近くで見ていたからわかる・・・あれは本当にとんでもない男になった。・・・かたやお前はなんだ?いつまでそんな低ランク台で燻っているつもりなんだ?」

「へっ、何言ってんのか知らねえが・・・俺は万年ランク100オーバーのポンコツファイターだぜ。間違っても天下の翠様と比べるような相手じゃねえや。」

轟が自嘲気味に笑う。しかし飛岩は真剣な眼差しのままだった。


「元々その程度の男だった・・・と言うのは容易い。だが、俺は感じた!初めて会った時のお前は翠と同等・・・いや、それ以上にこの俺を脅かす存在になると。」


瞬間、轟の目の色が変わった。


「ふざけんじゃねえ!!俺は・・・俺はもう!!」

轟は飛びかかり掴みかかろうとしたが飛岩はひらりとそれを避けた。勢い余って転がる轟を見下ろしながら飛岩は乱れた服を正した。


「ふん、だが俺はやるぞ・・・今は抜かれたが、すぐに必ずあの翠を超える。そして信じている・・・必ずやまたお前と戦う事になると。」

そう言うと飛岩はリングの方へ向かっていった。



遠ざかる背中を、じっと見つめる。

「ふざけんな・・・ふざけんじゃねえ・・・。」

轟は一人項垂れた。

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