第三十一話
翠が聡に膝蹴りを入れる・・・聡は動じず炎を吐き返す。今度はまた翠が・・・。
殴り殴られダウンする・・・気付けばまた試合は開始直後のそんな状況へと舞い戻っていた。当然会場はヒートアップしていく。ただ一人、聡を除いて・・・。
(何故だ、どうして諦めない・・・何故・・・)
気付けば彼はその左手に違和感を感じていた。肩より上に上がらないのだ。さしもの鋼鉄の肉体もあまりにも殴られ過ぎて壊れてしまったのだろうか。
ならば相手は尚更・・・。
だが翠はそんな素振りは見せない。彼の攻撃は今尚鋭さを保っていた。
ずんっ!!
「っ・・・!」
翠の飛び蹴りに聡はまたもやダウンした。その時、観客の悲鳴が上がる。
「聡・・・!!足が・・・!!」
彼のセコンド・・・佐々木が漏らす悲痛の声を聞いて、聡は初めて事態に気付いた。
「・・・!!」
彼の右足はあらぬ方向に曲がっていた。人口の皮膚は破れ、中から機械がはみ出ている。
皆がどよめき、審判さえもカウントを取るのを忘れる中・・・聡は行動を起こした。
「・・・ぐ、おおお・・・!」
折れた足を引きずり、何とか上がらぬ腕で体を支えながら・・・それでも彼は立ち上がろうとした。
(何故・・・何故だ。何故俺は立ち上がろうとする。痛みこそないが、もはや戦えぬのは一目瞭然。そもそもそこまでして一体このリングで戦う事に何の意味があるんだ・・・。)
自問を繰り返しながら、聡は残った左足で必死に立ち上がろうとする。もうとっくにこちらの足も限界だったのだろう、ミシミシと嫌な音を立てる。
皆はその姿を黙って見続けた。翠もまた表情を変えない。
「・・・れ。」
その時、ぽつりと小さな声。
「頑張れ!」
叫んだのは若い女だった。するとそれに呼応するように、あちこちから激励の声が上がる。
「負けるな!!」
「立て!桐生!!」
「頑張って!!」
いつの間にか、辺りは一面の桐生コールに包まれていた。
暫くして、聡は立ち上がった。弱々しくもしっかりと・・・その片方の足で・・・。
「待たせたな・・・俺はまだやれるぞ。」
ニヤリと桐生は笑った。それを見て、翠もまた笑みを返した。
「フッ、笑ったな・・・。いけすかない鉄仮面かと思いきや、随分と根性があるんだな。」
次の瞬間・・・翠は拳を握り突っ込んだ。聡もまた構えて、それに対抗しようとする。
・・・しかしそれは形にならなかった。彼の残った右足も・・・ごきりという音と共に折れてしまった。聡はそのまま前のめりに倒れた。
「うっ・・・。」
翠が慌てて手を止める。
・・・すると、彼と聡の間に佐々木が大急ぎで飛び込んだ。
「辞めてくれ、頼む!もうこれ以上聡を傷つけないでくれ・・・!」
「・・・会長・・・。」
「良くやった・・・良くやったわい。本当に・・・!」
そう言うと佐々木は聡を抱きしめた。
「かっこよかったぞー!!」
「御影も桐生もどっちもよくやった!!」
「最高だぜ!!」
気付けば聡は大声援に包まれていた。そっと佐々木が彼をおぶる。
聡は、静かに目を閉じた。
(確かに俺の体は痛みも温かみも感じる事はできない。だがそれは何も、肉体でのみ感じるものでは無いのだろう・・・。
・・・心だ。この体の全てを失い機械の化物となったが・・・俺にはまだ痛みや温かみを感じる心が残っている・・・。)
「大丈夫じゃ、何も心配するない。医者に行ってなんとしてでも・・・いや、大工かな?」
「ええ、会長・・・。」
聡は静かに佐々木にうなづいた。
(化物・・・ここで言うそれは確かに強さを表すための比喩に過ぎないだろう。だが、それでいいじゃないか。強いか弱いか・・・ここの連中にはそれ以外ありはしないのだから。・・・フフフ、蛭川が本当に俺の望みをわかってたか否かはともかく・・・奴の言う通り望みは叶った訳か。・・・俺はもう一度人間に戻りたかったんだ。痛みも・・・温かみも・・・ここにはある。ここでなら俺はまた人間になれるんだな・・・!)
聡は佐々木に背負われ、満足そうに去っていった。翠はそんな姿を見て、何となく厳八を思い出していた。
ふと我に返ったのか、審判が気まずそうに翠の方へ駆け寄ると、彼の手を大きく掲げた。
「勝者、御影選手!!」
瞬間、会場の熱は爆発した。
「良かったですね、桐生さん・・・。さて、この計画はもう駄目だな。・・・次の手を考えないと・・・。」
呟くと、会場の片隅から試合を見ていた蛭川は客席を立った。




