第三十話
チャンピオンチャレンジャートーナメント準決勝、ランク3位 桐生聡VSランク12位 御影翠の試合は超満員の中行われた。
試合開始からすぐ、聡は前に出た。
いつも通り、相手を瞬殺するつもりで・・・。
どおおおん!
聡の繰り出した強烈な一撃はいとも容易く決まった。翠の体は吹っ飛び、地に落ちる。
「ああ!!翠君!!」
相手のセコンドの老人・・・満田源三郎が叫ぶのを聞きながら、聡は目を閉じた。
(やはりこの程度か・・・)
「ツー!スリ・・・」
しかし審判のカウントが止まる。目を開け振り向くと、そこには平然と立つ翠が居た。
(・・・ほう、流石にここまで来ると少しはマシという訳か・・・だが所詮それも人間のレベルではの話に過ぎないが。)
聡は無表情に翠を見下ろすと、そのまま彼の繰り出す拳を受けた。
なんて事は無い、この鋼の肉体はあらゆる攻撃を跳ね返す。翠のパンチも無に帰す・・・はずだった。
次の瞬間、聡は空中に浮いていた。その鋼鉄の体が大きな音を立て地面に打ち付けられる。
『ああーっと!ダウンだ!!御影選手に続き今度は桐生選手ダウンです!!』
実況が叫ぶと、先程まで冷や汗をかいていた満田が歓声を上げた。
「ひゃー!やった!」
そんな声やら審判のカウントやらを聞きながら、聡は仰向けに硬直していた。
(馬鹿な・・・打ち込んだ者の体に逆にダメージを与える程の強度のこの肉体を殴り飛ばしただと?・・・いや、それでもダメージは無いが・・・。)
すっと聡は容易く立ち上がった。
『おっと、桐生選手何事も無かったかのように立ち上がりました!!』
「・・・。」
予想外の力を見せる翠を聡はじっと無表情に見つめた。
彼もまた、『そうこなくちゃな・・・』とばかりに笑みを浮かべこちらを見ていた。
そこからはもう猛烈な打ち合いだった。
かたやどれほど殴られてもダメージを受けぬ聡と、かたやどんな強烈な攻撃も先の試合で身に付けた見切りで極限までダメージを減らす翠と・・・その決着はなかなかつかなかった。
だが、10ラウンドを越えた辺りでその均衡は崩れた。次第に翠のダウンする回数が増えていったのだ。
当然だ。時間が経過するほど翠は体力を消耗するし、その体に受けたダメージはほんの僅かでも少しずつ蓄積していく。
しかし聡にはそれが無いのだ。疲れも痛みも・・・彼には無い。
そうして相手を追いつめるほど、聡は自身が化物である事を実感した。やはり自分以上の化物などいないと・・・。
どごおっ・・・!
集中を切らした翠は聡の放つ渾身の一撃を見切り損ねた。さしもの彼もその鋼鉄の体から放たれる超強力な一撃をまともに喰らえば一溜りもない。
翠はゆっくりと前のめりに倒れた。
(御影翠・・・良くやったよお前は。素晴らしい選手だ・・・あくまで人間の中では・・・な。)
聡は地に伏す翠をじっと見ながら審判のカウントを待った。
フォー・・・ファイブ・・・シックス・・・
たった10秒のカウントがやたらと長く感じられる。これだけ打ち込んだのだ、もう相手が立ち上がる筈など無い・・・なのに何故か聡は妙な胸騒ぎがした。
そして彼の予感通り、翠はエイトカウントで立ち上がった。
「・・・ふぅ・・・。」
「・・・。」
聡はそれを見ると、まだ足元のおぼつかぬ翠に無言で襲い掛かった。流れるように肘と蹴りを入れる。再び翠は倒れた。
ワン!・・・ツー!
再度審判が最初からカウントを始める。
・・・なんて事は無い。一流の選手に一流のタフネスが備わっていた・・・それだけの話。何も自分のようにどれほど殴られてもダメージを受けない化物でもあるまい、殴り続ければいつかは倒れるはずだ。・・・仮にもしまた相手が立ち上がればの話だが。
冷静に思考を巡らせ落ち着こうとしたが、何故か聡の胸騒ぎは止まなかった。
そして案の定、翠は立ち上がった。
『ああーっ!!御影選手立ちました!!不死身かーっ!?』
『し、信じられん・・・あれほど殴られれば・・・彼もまた化物だとでもいうのか・・・』
そんな実況と解説のやり取りが、聡の耳に聞こえてきた。
(・・・いや、ここの連中の言う化物など強い者を形容する表現に過ぎない。本当の化物とは痛みも悲しみも感じない俺のような殺戮兵器を指すものだ。だが、だが・・・この男は・・・!!)
聡の無表情は、ほんの少し揺らいだ。
「お前は本当に・・・人間なのか?」
「・・・何を当たり前の事を・・・言っているんだ!?」
翠はニヤリと笑った。そして今度は、彼がその拳を聡の顔面に打ち込んだ。
どさりと、聡は地面に叩き付けられた。
「ワン!ツー・・・む・・・。」
審判のカウントはすぐに止まった。聡は起き上がり小法師のようにあっさりと立ち上がったのだ。既に立っているのが限界という翠を再度容赦なく殴り伏せる。
『ダウン!御影選手ダウンです!!凄まじいダウンの応酬だー!!』
実況が叫ぶ。
(そうだ・・・もう寝ていろ。これ以上やれば命に関わるだろう?・・・うっ!)
翠はそれでも立ち上がった。腫れ上がった顔面や内出血だらけの手足を見ればその凄まじいダメージは一目瞭然だが・・・翠は立ち上がった。
血の気が引く、冷や汗をかく・・・その表現は機械の体である聡には正しくないのであろう。だが、この時の彼は何度殴り付けても立ち上がる翠に恐怖し・・・そんな状態だった。
危険だ。今すぐこの相手を戦闘不能にしろ。
機械の体の防衛本能が働いたのか、聡の全身がそう伝えてくる。
(そうだ・・・どんな手を使ってでも・・・)
聡は大きく口を開くと、そこからいきなり激しい炎を吐いた。
「ぐっ!?・・・くそっ・・・!!」
翠は炎に包まれながらも辛うじて踏みとどまり反撃のパンチを放った。
しかしその瞬間、パンチを受けた聡の胸が爆風を放つ。胸に潜ませた火薬が爆発したのだ。翠の左手が黒焦げになる。
全身に仕込まれた人間離れした武器。これまでの彼なら絶対に使う事は無かっただろう。しかしなりふり構わずともどうしても勝たなければならない・・・勝ちたい・・・と、聡は何故かそんな考えに苛まれていた。
何かがほんの少し、彼の中で変わり始めていたのだ。




