第三話
「はあ?何だって翠と戦わなきゃならねえんだよ。相手なんていくらでもいやがるんだろ・・・ワールドチャンピオンズファイトに。そんなまどろっこしい事やってねえでとっとと殴り込んでやろうじゃねえか。」
不平を漏らす轟に厳八はいきなり爆発した。
「うるせえ!てめえはいつもいつも何より先に文句ばっか言いやがって!」
ばちりと地に向け竹刀が振り下ろされる。
「てめえらが言ったんじゃろが・・・最後にチャンピオンになれるのはただ一人、だったらこの場でいっぺんどっちが上かはっきりさせとくのも悪くはあるめえや。・・・それとも、仲良しこよしの轟ちゃんはお友達と殴り合いなんて出来ませんってか?」
「んだとこの野郎・・・!」
馬鹿にするように言う厳八に轟は飛びかからんばかりだった。だが・・・
「良いぜ・・・俺は構わない。」
ぴしゃり。そんな二人を割いて翠が言った。
「やろう、轟。正直俺は自分がどのくらい強くなったか試してみたい。・・・お前なら相手にとって不足はないだろ。」
「・・・!!」
じろりと真剣な目を向ける翠に轟は留まった。
「へっ、こちらは準備万端ってこった。・・・轟、後はお前さん次第だぜ。どーすんだい?」
にやにやとしながら厳八が尋ねる。
「・・・わーったよ。おもしれえじゃねえか、やってやるよ。共に厳八のオッサンからみっちり指導を受けた身、どっちが強えかはっきりさせてやろうじゃねえか。」
拳を握り締める轟に、厳八は狙い通りとばかりに微笑んだ。
向かい合った二人の間に厳八が入り形式を説明する。
「いいか、ルールはテンカウント制インターバル無し・・・まあぶっ倒れるまでやれってこったな。」
「あん?インターバル?」
轟が初めて聞くというような顔をする。
「おめえ、何度も説明したじゃねえか!」
眉間にシワを寄せながら竹刀を振り上げる厳八に轟は苦笑いした。
翠がぼそりと説明する。
「実際の試合では三分に一度一分間の休憩が入るんだ。選手はその間に止血をしたりセコンドのアドバイスを受けたり・・・まあ準備の時間ってとこか。」
「へーえ、まあ関係ねえや。どのみち実際の試合では相手を張り倒すのに三分もいらねえしな。」
目を丸くして轟はうなづいた。
「生意気な口聞くのは勝ってからにしやがれ・・・ほれ、始めるぞ!」
そう言うと厳八は竹刀を床に叩きつけた。
ばちぃいん!!開戦の音が響いた。
「そうら、行くぜ・・・!!」
轟は素早く距離を詰めると猛烈なラッシュを仕掛けた。拳が、蹴りが、怒涛の如く翠に襲いかかる。
翠はなんとかそれを躱すが、堪らず距離を取った。しかし轟はあっという間に追いかけ追い付き、再び攻めたてる。
その様子を厳八は口を真一文字に結びじっと観察する。
そうだ・・・そうだぜ轟。
厳八はある日のトレーニング風景を思い出していた。
「馬鹿野郎お前は!それじゃあ防御が疎かになるって何度言ゃあわかんだ!!」
激怒した厳八が竹刀で轟のふくらはぎを引っぱたく。
「あつっ!」
実戦をイメージしたシャドーファイトトレーニング。どれほど言っても攻撃にばかり夢中になる轟に厳八は手を焼いていた。
「いいか、『防御こそ最大の攻撃なり』ってな。攻撃に必要なのは引きの強さよ。いかに素早く体制を立て直し攻撃後の隙を無くすか・・・それが一番大事なんじゃ。ヒットアンドアウェイってやつよ。」
轟はふくらはぎを擦りながら不満そうな顔をした。
「だけどよ、相手が反撃してくる前に次の一撃を叩き込んじまえば一方的に攻撃し続けられるじゃねえか。」
「は〜っ。」
予想以上の暴論に厳八はため息をついた。
「めちゃめちゃじゃ、お前の話は。・・・だが本当にそれが出来るなら確かに的を得とる。そして・・・」
きらり、厳八の目が光る。
(そしてお前さんのスピードなら・・・それも不可能じゃないかもしれん。)
きょとんとした顔で轟は渋い顔の厳八を見つめる。厳八はやれやれと首を振った。
「分かった・・・やってみるかい?お前の言う圧倒的な攻めっちゅうもんを。」
「おう!」
厳八は再び二人の戦いに視線を移した。
ぶん!ぶおん!
轟の放つ攻撃が次第に翠を追い詰める。
ばきり!ついにその一撃は翠の肩を捉えた。
そうなれば後は一方的だった。轟の攻撃が次々決まる。翠は亀のようにガッチリガードを固めたまま全く動けない。轟の言った圧倒的で一方的な攻め・・・その完成系がそれだった。
厳八はその様子にニヤリとした。
(ふふ、本当にやっちまうとはな・・・流石だ轟よ。だがおめえは知る事になるぜ。基本の大事さ・・・そして強さをな。)
頭を守るように十字に組んだ腕の下で、翠はじっと鋭い眼光を放っていた。
ある日の夕暮れ。
「いいか翠。ファイトなんてのは三すくみ、じゃんけんみてえなもんよ。」
熱心にサンドバッグを叩く翠に厳八が語り掛けた。翠は手を止めず耳を傾ける。
「打撃は防御に弱く、防御は組技に弱い。そして組みにいけば打撃を食らう・・・。単純だがこれを極める事がすなわち勝利に繋がるんだ。」
ギシギシ・・・翠は揺れるサンドバッグを止めると、息を切らしながら厳八を見た。
厳八は腕組みをしながら続ける。
「そうなれば後は読みの戦いよ。・・・おめえさんは賢く勘が良い。基本の勝負に持ち込めばまず負けねえはずだ。」
・・・翠は何十発と轟に打ち込まれながらも、硬くガードを固めたおかげで致命傷となる攻撃は受けてはいなかった。そして反撃の瞬間をじっと伺っていた。
ふと、一瞬轟の動きが鈍くなる。当然だ、あれほどの攻撃を休まず打ち続けていたのだから。そういつまでもスタミナが持つまい。
翠はその隙を見逃さなかった。
「はあっ!」
ごっ・・・!!
強烈なアッパーカットが轟の顎に決まる。轟の体は浮き上がりそのまま地に落ちた。
(決まった・・・!)
厳八は胸を熱くしながらも急いでカウントを取った。
「ワーン!トゥー!」
「・・・やめねえか、俺はまだくたばっちゃあいないぜ。」
よろよろとふらつきながらも轟は厳八を制して立ち上がった。
そこからは一方的だった。羽をもがれた鳥の如く、動きの鈍くなった轟を翠が確実に攻める。
どさり、激しい飛び蹴りを受け轟が吹っ飛ぶ。
「ワーン!トゥー!」
厳八が大きく手を振りカウントを取る。
「スリー!ホーゥ!」
(ぐ、くそ・・・)
轟は何とか立ち上がる。しかし意識は朦朧、動き出せない。
ばきっ!
「ぐふっ・・・!」
再び翠の攻撃に轟は倒された。
「ワーン!トゥー!」
厳八がまたもカウントを取る。しかし、カウントを取りながら彼は別の事を考えていた。
(・・・ここまで追い詰められれば、やるしかあるめえだろう・・・アレを。)
「ファイブ!シークス!」
「まだだ・・・まだやれるぜ・・・俺は・・・。」
厳八に寄りかかりそうになりながら、それでもなんとか轟は立ち上がった。
「・・・。」
満身創痍の相手に対し、翠は再び油断無く構えを取る。
「へっ、そう焦んなよ翠。俺の大反撃はこっから始まんだからよ・・・。」
ニヤリ、轟は虚ろに目を半開きにしながら不気味に笑った。




