第二十八話
桐生聡は誇りを持っていた。
親から授かった大きく、頑丈な肉体に。
彼の両親は幼くして亡くなったが、彼はまるで寂しくなかった。その肉体から両親が常に共にあると感じられたからだ。
やがて彼は成長した。そこそこの知能を持ち、そこそこの大学を出て、そこそこの会社に入り、病に伏す事もなく、人並みに素敵な彼女も得た。
そんなそれなりの生活に彼は満足していた。幸せだった。全ては親から授かったこの体のおかげと感謝していた。
だが、そんな幸せは砕け散る事となる。
24歳の夏、彼の乗るバイクは信号無視のトラックに跳ねられた。
その立派な肉体は、ぐちゃぐちゃになった。
誰もがもう助からないと、そう思っていた。
だが彼は死ななかった。
そして桐生聡は・・・化物になった。
「聡、おい聡!!」
自身を呼ぶ声に、桐生聡は我に返った。周囲には割れんばかりの大歓声。ここはワールドチャンピオンズファイトの会場だった。見ると正面には対戦相手がいる。
「もう始まるぞ・・・大丈夫か?」
彼のセコンド、佐々木晴夫が聡の肩を揺らす。
「ええ・・・少し夢を見ていました。昔の・・・」
そうとだけ呟くと聡は前に出た。残った佐々木はキョトンとする。
「夢・・・夢だと?あいつは多くを語らんから良く分からん・・・」
彼は不思議そうに首を傾げた。
カァァン!試合開始の鐘が鳴った。
こうしてリングに立つと、二人の選手の間には親子程の身長差がある。
決して対戦相手の柴田安彦が小さいのではない。聡があまりに大きすぎるのだ。
『さあ始まりました今宵の一戦、まずは体格差だけ見れば桐生選手有利といった所か・・・おや、今井さん・・・どうしました?』
実況のテンションと対照的に、解説のビスマルク今井は退屈げにため息をついた。
『どうもこうもありませんよ・・・結果の分かりきってる試合ほど論ずるにつまらぬ物はありません。』
『えっ、それはどういう・・・おおっと!?』
瞬間、柴田が間合いを詰め、聡の腹に猛烈に何度も拳を打ち放った。
だが、聡は微動だにしない。真顔で抵抗もせずその攻撃を受け続ける。
・・・そして10数発打ち込んだところで柴田が悲鳴を上げた。
「ぎゃあああっ!」
彼は拳を押さえながら顔を歪ませた。聡は特に何かした訳では無い。
「・・・所詮お前も人間だったか・・・。」
呟くと聡は片手で軽々と柴田の顔面を掴み持ち上げた。柴田は苦しそうに手足をばたつかせる。
そしてそのまま聡は勢い良く柴田を地面に叩きつける。巨漢の聡の最大高度から一気に打ち付けられるのだ、その高さ実に3メートル。脳に致命的なダメージが入るだろう。
一撃で、柴田は失神した。
『あーっと、審判止めに入りました!!試合終了です!!チャンピオンチャレンジャートーナメント第二回戦・・・勝ったのは・・・ランク3位、桐生聡選手だーっ!!』
『だから言ったんです・・・。桐生聡、彼は正真正銘の化物だ・・・。』
そんな解説の言葉を背に受けながら、聡は控え室に戻っていった。
(そのとおり・・・俺は化物さ。この強者犇めくワールドチャンピオンズファイトにすら・・・俺を超える化物なんて居やしない・・・。)
・・・控え室。
置かれた椅子に聡のセコンド佐々木がどっしり腰を下ろす。
「ふうーっ、しかしヒヤヒヤしたのう。どうもお前試合開始前に身が入っとらんかったようじゃから。」
聡は何も答えない。すると彼はおもむろに自分の左手を取り外し始めた。機械仕掛けの関節が顕になる。
「何度見てもどきっとするわい。最近の科学ってもんはどーもワシにはわからん。・・・思い出すのう、お前が初めてワシのジムに来た日の事を・・・」
その言葉に、聡もまた過去を思い返していた・・・




