第二十七話
僻地田町住宅街。
轟には慣れ親しんだロードワークコースだ。
だが彼は、その道をゆっくり歩いていた。
「・・・。」
(辞める・・・か。)
考えた事も無かった。
そもそも先の事など考えた事は無かったが、少なくともここ最近はこの戦いの日々が永遠に続くものと思っていた。
年齢、それも意識した事は無かった。
普通なら小中高と、学生の枠組みを経る事で年齢の増加を意識していくものだ。・・・が、生憎彼は孤児院を抜け出して早十数年。かけ算すらおぼつかなかった。感覚的には五年前、十年前と何も変わってはいないのだ。物心付いてからそこらの腕自慢の不良達とひたすら戦ってきた。それはワールドチャンピオンズファイトに参加している今も似たようなものだ。
気が付けば歳ばかり経てきてしまっていた。
ふと、視線の先に見慣れた大型車を捉える。あの宅配車は・・・繁 吾郎。この町に住まうファイター、繁 吾郎の車だ。
「どうも、ありがとうございました!」
吾郎は帽子を外し大きく頭を下げた。客は会釈をしながら家の中に引っ込んで行った。
「ふう、これでこの辺の配達は終わりかな。次は・・・」
「・・・よう、吾郎の旦那。仕事中かい?」
突然背後からかけられた声に吾郎は振り向いた。
「・・・お、君は・・・!轟君じゃないか!!久しぶりだね!はは、見ての通りだよ。春先は荷物が多くてね。」
「ああ、そうか・・・ところでどうだい最近は?俺は一足先にちょいと上の方へ行っちまったが・・・旦那の方の試合の調子はどうなんだ?」
「・・・!あ、ああ。その事なんだけどね・・・。」
ニコニコと愛想の良い笑顔のまま、彼は少し俯いた。
次の瞬間、轟の目は点になった。
「な、何だと・・・辞めた・・・?」
「うん・・・私ももう良い歳だからね。それでランク150位・・・潮時だよ。それにね、実は私には妻と娘がいるんだ。150位なんかのファイトマネーじゃ当然食わせる事は出来ないから、ファイトと配達の掛け持ちでやってきたけど・・・良いタイミングだ、きっぱりファイトは辞める事にした。」
吾郎は語ったが、それは轟の耳をすり抜けた。いや、内容はちゃんと分かっている。だが返す言葉が出てこなかった。その衝撃がまるで自分の事のように、轟の体を貫いていった。
別にファイトに対してそんな思い入れがある訳では無い。やってる事は喧嘩の延長だし、むしろルールに縛られ不自由なくらいだ。・・・なのに轟は、引退する吾郎の気持ちが痛い程よくわかった。
「・・・はは、何て顔をしてるんだよ。」
そんな様子を見かねた吾郎が声をかけた。
「別に辞めたら死ぬ訳じゃない。これからもまた新しい人生が始まる訳だしさ。何も悲しいことばかりじゃない、厳しい練習もハードなスケジュールをこなす必要も無いしね。そう考えればホッともする。・・・ただ、もうリングに立つ事はない・・・それだけだよ。そう、たったそれだけさ・・・。」
しかし吾郎はそれきり黙ってしまった。轟も変わらず何も言わない。・・・沈黙がその場に残る。
しばらくして、再び吾郎が口を開いた。
「さて、私はそろそろ行かないと。・・・あんまりサボってても怒られちゃうしね。」
「・・・ああ。」
小さくうなづく轟に手を振ると、吾郎は車に乗り込んだ。そして轟の気持ちを知ってか知らずか、最後にこう言った。
「轟君、君は辞めちゃ駄目だよ。・・・いや、できたら辞めないで欲しい。何の証拠も無いけど、君は私とは違う・・・そう思うんだ。」
相変わらずのニコニコ顔で、吾郎は去っていった。轟は小さくなる車の姿を、ただじっと見つめていた。




