第二十四話
わー!わー!
今日もワールドチャンピオンズファイトの会場は大歓声に包まれていた。・・・いや、むしろいつも以上と言った所か。
それもそのはず。今日は年に一度の最大のイベント、チャンピオンチャレンジャートーナメントの第一回戦が行われるのだ。
翠はその舞台へと進むべく、控え室を出た。
するとそこには、腕組みをし壁に寄り掛かる飛岩が居た。
「よう翠・・・お前この何日間かジムにいなかったな。練習しなくて良かったのかい?」
「・・・ああ、最高の練習方法を見つけたんでな。」
静かに言うと、翠はそのまま歩き去っていった。
(・・・?最高の練習法だと?満田ジムに勝るような環境の場所などあるとは思えないが・・・。)
飛岩は疑問を抱えながらその姿を見送った。
『さあ!いよいよ参りました今宵の一戦!!チャンピオンに挑むのは果たして誰なのか?本日チャンピオンチャレンジャートーナメントの第一回戦でございます!!・・・一足先に入場してきたのは最近大躍進中のこの男・・・ランキング12位、御影翠選手だーっ!!』
実況の叫びと、観客の大声援に押されながら翠は入場してきた。
「良いか翠君。もはや君を止められんのは分かった。・・・生き延びる事だけを考えろよ。」
満田会長は冷や汗をかきながらそう言った。
「ああ・・・まあ、努力はしてみるさ。」
そうは言っても翠にはそんな気はさらさら無かった。これほどの相手だ、無傷で済ませられるとは思わない。
『続いて現れたのはランキング5位・・・アメリカから来た重戦車・・・ワルバード・ダルベス選手だーっ!!』
現れた巨漢に、さしもの翠も言葉が出なかった。
映像で見るのとはまた遥かに違う。敢えてその大きく強靭な体を形容するならば・・・建物を崩すのに使う大型の鉄球のような・・・。
しかし翠は全く臆してはいなかった。むしろこれから戦うそれに胸が高鳴った。
「会長、本当に良かったのですか?」
満田と共にセコンドを務める若いトレーナーの男が問い掛けた。
「・・・仕方あるまい。本当はな、儂は今回のトーナメント別に翠君には勝ってもらおうと思って申し込んだのでは無い。トップ層の選手と直に対戦する事で彼にその実力に触れ、今後の精進の糧として欲しかったんじゃ。勝つ事はできないまでも良い勉強になると思うてな。・・・だが相手があのダルベスでは・・・殺されてしまっては何も残りはしない。」
満田は渋い顔でじっと翠を見詰めていた。
「いいか、危ないと思ったら直ぐに中止させるんじゃぞ・・・。」
会長は覚悟を決めたのか否か・・・そんな事には関わらず試合開始の鐘は無情に鳴り響いた。
試合開始直後、翠は予想外の行動に出た。
このダルベス相手に・・・がっちり構えて、構え尽くしても足りないであろうガードを・・・あろう事か降ろしたのだ。
「打ってこいよ・・・その鍛え上げた肉体の最大の一撃を・・・。英語はよく分からねえが・・・キルミーってやつかな。・・・殺してみろ、この俺を。」
そう言うと翠は不敵な笑みを浮かべながらとんとんと親指で自身の胸を指し示した。
・・・ニヤリ。意図を理解したのかダルベスは笑った。
満田が悲鳴をあげる。
「ああっ!!なんて事をっ!!おいっ!急いで審判団に中止を申告してこい!!」
「は、はい!!」
しかし遅かった。
慌てふためく満田らセコンド陣を他所に、ダルベスは全身全霊の一撃を翠の腹部にぶち込んだ。
ごっ・・・!
強烈な打撃音と共に、翠の体はぶっ飛んだ。
リングの隅、コーナポストへと叩き付けられる。
「あ、ああ・・・翠君・・・。」
言葉を失う満田。同様に、あれほど騒がしかった観客達も一気に静かになった。
「・・・む。」
最初に違和感に気づいたのは・・・他でもないダルベスだった。
振り抜いた。確かに命中した。だがどうだ、この手応えの無さは・・・。
まるで水でも殴り付けたような・・・。
彼の懸念は、的中した。
「・・・っと。」
ゆらりと、翠はゆっくり立ち上がった。
『な、なんと御影選手立ち上がったー!!不死身か、不死身なのか!?』
うわーっ!!
観客が再び熱を取り戻す。
そんな中、飛岩だけは静かに翠を見ていた。
不死身・・・素人目には確かに、そう見えるだろう。だが彼は見ていた。席の角度的にたまたま見えたと言った方がいいかもしれない。
(・・・見た。あの瞬間、翠がギリギリで打点を少しずらし直撃を免れたのを。見切りだ。ワールドチャンピオンズファイト、トップ層の戦いでも滅多に見られる物じゃないという・・・そしてそれだけじゃない、ヒットとほぼ同時に後ろに飛ぶ事で衝撃を軽減しやがったんだ。恐らくダルベスは気づいているだろうよ、自身の攻撃の違和感に・・・。)
ダルベスは眉を寄せながらじっと翠を見ていた。
(ふむ・・・何だこの少年は?)
相手が倒れなかった事にではない、己の攻撃に真っ向から挑んできた事にダルベスは疑問を抱いていた。
広いアメリカ全土はおろか、このワールドチャンピオンズファイトの相手にすらこれまでそんな者はいなかった。
だが、そんな思考の暇を与えずに・・・翠は彼に迫った。
「今度は・・・こっちの番だぜ。」
腰を深く落とし、今度は翠が渾身の一撃を打ち込む。
ばきっ!!
跳ねた。あのダルベスの巨漢が。翠の一撃に。
どすんと大きな音を立て、その塊は床へと叩き付けられた。
『ああっーと!ダウンだ!!なんとダルベス選手ダウンです!!この試合、初ダウンを奪ったのはなんと御影選手だっー!!』
困惑と興奮が入り混じった声で実況が叫ぶ。
「ワーン!ツー!!」
カウントを取り始める審判を見ながら翠は何故か顔を顰めた。
まるで呆気なく試合が終わってしまう事を悲しむかのように。
その時、彼の口元から何かが伝う。
・・・血だ。一筋の血が流れていた。
「・・・!!」
慌てて翠が上を脱ぐ。殴られた部位を確認する為だ。
「な、何だあれは!!おい、翠君の腹を見ろ!!」
満田が指差すそこには、真紫色の大痣が出来ていた。
ずんっ!!ダルベスはその巨体に似合わず俊敏に立ち上がった。何事も無かったかのようにけろりとした表情を浮かべながら・・・。
「フフフ・・・効いたよ、なかなか。アレはそう、タバスコとケチャップを間違えた時と同じかな。」
「フン・・・どうやらこの試合、呆気なくは勝てなそうだな。」
お互いのダメージを確認しながら、翠はニヤリとした。




