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明日なんて来ない  作者: クロット
2章 栄光への道
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第十八話

まだ人も疎らな時間。ワールドチャンピオンズファイトの熱気も些か息を潜める頃。

轟はランキング145位、睨蛇士道を相手に試合を行っていた。



「轟ー!!やめろォ!!引けぇーっ!!」

悲鳴のような怒鳴り声を上げながら厳八がロープを揺らす。


「ひゃひゃひゃひゃひゃ!!この睨蛇士道のあらゆる方向から襲い来る両手鞭を相手に一ラウンド足りとも立ってられた奴はいねえーっ!・・・はずなのに、何でてめえは三ラウンドも立ってやがるんだ・・・!!?」

冷や汗をぎっとりと浮かべながら両手を振るう睨蛇の視線の先には既に数百発鞭を受け、全身を真っ赤に腫らしながらも一歩、また一歩と迫り来る轟がいた。だらりと両手を垂らし足を引きずるその様はゾンビの様なのに、何故かその目だけがギラギラと燃え盛る。


・・・そして遂に、轟は睨蛇の目前まで辿り着いた。


「ひっ!!」

「行くぜ・・・!!」


ごきっ・・・!

全力で放たれたアッパーカットは、睨蛇の顎を打ち砕いた。


「があああっ!!あごっ!顎がぁっ!!」

悲鳴をあげのたうち回る睨蛇。


「へっ・・・」

勝ちを確信した轟は静かに笑った。


・・・が、次の瞬間、轟は地に伏していた。

(あ・・・、何だ?足に力が・・・いや足だけじゃねえ全身に力が・・・)


ふぅーっと、轟の意識が遠のいていく。


「轟!!大丈夫か!!」

最後に聞こえたのは、自分を呼ぶ厳八の声だった。



目を覚ました時、轟は控え室にいた。すぐに厳八が寄ってくる。

「目ぇ覚ましたか・・・あんだけ打たれたんだ、当たり前さ。」

冷たく呟く厳八に轟は怒鳴られるより嫌な感じがした。


「悪かったよ。ああやって下らねえ玩具振り回してる奴見るとよ、ちょいとカーッとなっちまうんだよ。」

「何も今日だけの事を言いてえわけじゃねえんだ。」

そう言うと厳八は懐からメモ帳を取り出した。


「ここ五試合の結果だ。負け。勝ち。負け、負け、負け・・・そんで今日の引き分けだ。ひでえもんだよ。一度は130台まで登ったランクがこのままじゃまた150に逆戻りだ。」


轟が、彼を止めるようにがっと厳八の肩を掴んだ。

「だから悪かったって。何も実力で負けた訳じゃねえんだ。ちょっくら慎重にやりゃああんな奴ら・・・」

そしてここで遂に、厳八は爆発した。


「おめえはそうやっていつもいつも・・・!!じゃあその慎重はいつ出るってんだ!!ええ!?」

爆風を受けたように顔を顰める轟に、厳八は少し落ち着いて付け足した。


「知ってんだろ、翠の順位を。ランク12位、もう立派なトップランカークラスだ。・・・だがな、それは当然お前にも同じだけの事が出来るってことを示してんだ。・・・頼む、頼むよ轟・・・。」

怒ったり落ち着いたり悲しそうにしたり・・・百面相の如く移り変わる厳八だが、流石に轟も茶化さなかった。


「ああ・・・分かってる、分かってるよオッサン・・・。」




・・・轟達が暮らす僻地田町の隣に位置する隣花町。

一見綺麗に見えるこの町だが、一歩裏通りに入ればそこでは不良達の犯罪行為やストリートファイトがまかり通る、危険な場所であった。


どごっ!ばきっ!めきゃっ!!

今日もまた、不良達は溜まった鬱憤を振り回す。

やがて、一人勝ち残った危険な目付きの少年が倒した相手から金品を巻き上げる。


そんな様子を、信号待ちの高級車の中から煌びやかな装飾に身を包んだ一人の男が見ていた。彼の名は江崎山銀次、ランキング10位の超大物だ。


「全く・・・なんと愚劣な事か・・・大した力もない癖に弱い者がより弱い者を嬲る。」


何気無く呟いた言葉だった。十メートルは離れ、更に窓を面した車の中だ。聞こえるはずも無い・・・最も、彼は聞こえたとしても構いやしないのだが。


・・・・・・・・・!!

ぎろり。


瞬間、少年は江崎山を見た。その目に殺意を溢れさせながら。

・・・そして彼は、ゆっくりこちらに向かってきた。


「・・・ふん。」

江崎山は嘲るように笑った。よもやこちらの言葉が聞こえた訳ではあるまい。大方ガンを付けたとか、高級車が気に入らないとか、そんな理由でいちゃもんを付けるつもりだろう。


(全く、血の気が多くて敵わんな。)

少年はやがて車の前に立った。窓ガラス越しに江崎山を睨み付ける。


「だ、旦那様・・・どうしましょう・・・?」

こんな状況に慣れていないのだろう、運転手がビクビクと訊く。江崎山はそんな情けない彼の姿にもうんざりしながら、窓を開けようとスイッチに手をかけた。


・・・しかし、それより早く少年は拳を握り締めると、思い切りパンチを窓ガラスにぶち込んだ。


バリン!!

ガラスは音を立て砕け散り、江崎山の膝の上に散らばった。


「・・・。」

江崎山は動じず、少年を見る。すると、彼もまた表情を変えず言った。

「降りろ、殺すぞ・・・。」




江崎山と少年は歩道で向き合っていた。幸いにも人通りは少ない。


「やれやれ、悪いがもう修理代を払おうが許す気は無いぞ。私はお前みたいのが嫌いでね。」

江崎山はジャケットを脱ぐと、二人の様子を不安そうに見ていた運転手の方へ放った。


「私がワールドチャンピオンズファイトのランク10位だと知っての狼藉かな?・・・最も、知っていたなら気が違っているとしか言えないが。」

「・・・そうか、それは好都合だな。」

少年はあっさりと返し、こう続けた。


「御託は良い、掛かってこい。殺してやるから・・・」


江崎山は小さく溜息を付くと、一気に少年へと襲い掛かった。


がしっ!


抱きつくように少年を掴むと、一気に全身で締め上げる。


(・・・素人相手というのは加減が難しい。一歩間違えば命を奪いかねない。)


江崎山の通称、それは人間万力。

握力はゴリラに匹敵し、脚で挟めばクワガタムシの如く。

全力で抱きしめれば大型獣すらも屠るという。

彼の全身には、正しく無数の万力が備わっているのだ。


ぎりぎり、ぎりぎりと音を立て江崎山が少年を締め上げる。

殺さぬよう・・・だが骨が折れるよう、絶妙な威力で。


「さあ・・・悲鳴を上げるといい!」

しかし、少年は表情を変えなかった。そして、唯一自由のきく頭で、剥き出しの鼻先へ強烈な頭突きを放つ。


「ぐっ・・・!?」

よろめき締めが緩んだ江崎山の顎へ、少年は蹴りを入れた。


どすり!江崎山のその巨体が倒れる。


「・・・む。」

江崎山は一瞬呆気に取られていたが、すぐに元の余裕な表情を取り戻した。

「・・・なんと、この私がダウンを取られるとはな。ふん、だがこの程度では勝ちは・・・」


彼は心のどこかで試合のつもりであった。倒れれば、当然相手はこちらが立ち上がるまで待つと。当たり前だ、それはこれまで何百と繰り返されてきた流れとして脳に刻まれている。


だからこそ彼は、少年のその行動を全く予測できなかった。


ずん!少年は江崎山の胸に馬乗りになると、無防備の顔面へ向け猛烈に拳を叩き込んだ。


「ぐっ、おっ!?・・・がっ!」

何度も何度も・・・殴り付ける。


みるみるうちに、江崎山の顔面が原型を失っていった。


「ひ、ひいっ!!辞めてくれ!死んじまうよ!!」

運転手が悲鳴をあげる。・・・が、少年は殴るのを止めない。江崎山はもはやとっくに意識を失っていた。

無心に、機械のごとく表情を変えず、ただ殴り付ける・・・。



やがて、彼は何を思ってか攻撃を辞め静かに立ち上がった。江崎山は生きているのか死んでいるのか、ピクリとも動かない。


(何がワールドチャンピオンズファイトだ・・・お遊びだ。あんなものはルールに守られたままごとだ。殺してやる・・・どいつもこいつも・・・。)

少年は運転手を一瞥すると、その場から去っていった。

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