第十七話
ワールドチャンピオンズファイト控え室。
翠はいよいよランキング12位、遠藤隆起との決戦に向かおうとしていた。
これまでに無い大一番だというのに、翠には不思議と緊張や焦りは無かった。
「時間だぞ・・・翠。」
飛岩が彼を呼びに来た。立ち上がり、彼について行く。
「今回、会長は遠藤さんのセコンドに付いている。・・・別にあの人をサポートしようってわけじゃない、必要も無いしな。ただやり過ぎないように見張ろうってんだろうぜ、お前がぶっ殺されないように・・・良かったな。」
ぽん、と飛岩が翠の肩に手を乗せる。
「そういう訳でお前のセコンドはこの俺が努めさせてもらう・・・まあ、頑張ろうや。」
「ああ・・・。」
翠は静かに答えた。
周りの皆は試合の前に遠藤の試合のビデオを見る事を勧めた。
が、翠はそれを拒んだ。
別にカッコをつけたりフェア精神に則った訳では無い。
聞けば遠藤のスタイルはオーソドックス。特に奇抜な技を使ってくる訳では無いという。
・・・ならば必要無い。ビデオを見れば、どうしても映像の中の彼の動きが頭に焼き付いてしまう。右から来るのか左から来るのか・・・臨機応変な読みができなくなるのだ。
リングに上がる翠に飛岩は忠告した。
「良いか、第一ラウンド・・・こちらから手を出すことは考えるな。とにかく生き延びる事を考えろ。余計な策や作戦を凝らすのは直にランキング12位の威力って奴を味わってからだ。」
小さく頷くと、翠は飛び出した。
試合開始の鐘が鳴る・・・。
そのラウンドは、遠藤を応援する者にとっては実にあっという間に・・・だが翠を応援する者にとっては永遠のように過ぎて行った。
「ストーッップ!ラウンド一終了だ!!」
審判が間に入る。遠藤はぴたりと動きを止めコーナーに戻った。対する翠は全身傷だらけ、ヨロヨロと飛岩の元へ戻った。
このラウンド、翠は一方的に嬲られた。
避けども敵の拳は翠を捉え、防ぐガードは突き破られ、何度も何度も倒された。
・・・それでも何とか、辛うじて翠はこのラウンドを生き延びた。
「ふふん、どうだい翠ちゃんよ。少しばかり身に染みたんじゃないか?己がどれだけ無謀な挑戦をしたかをな。」
「・・・。」
ニヤリとする飛岩だが、翠は答えない。
「だが当然、だからといって諦める気は無いだろう?そこでほんの少しだが策を考えて・・・」
「・・・飛岩。」
翠がぼそりと口を開き飛岩を遮った。
「今のラウンドを見てたんだ、こんな事を言ってもまるで信憑性はねえだろう・・・だがな、俺はこのラウンドとことん、とことんまであの男を味わった。・・・そして一つ、結論を出した。」
「ほう、言ってみな。」
飛岩は笑みを浮かべながら聞いた。ランク12位は化け物だったとでも言う気だろうか。案外この生意気な坊やにも可愛い所がある。
だが、彼の思惑は大ハズレだった。
「・・・勝てる。正直言って負ける気がしねえ。」
「何だと・・・!?」
流石の飛岩も言葉を失った。相手の強さに絶望する翠を励ますつもりでいた・・・が、彼の言葉は真逆。
・・・そうこうしている間に、次のラウンドの鐘が鳴る。
飛岩は舌打ちをした。
「ぐっ、結局策を授ける時間も無かった。・・・だがあそこまで言ったんだ、奴にも何か考えがあるのだろう・・・。」
ずっ!遠藤の鋭く、それでいて隙の無い蹴りが突き刺さる。
そしてよろけた相手に連撃を放つ。これをダウンするまで繰り返すのだ。
(・・・悪いなにーちゃん、この試合・・・終いだよ。)
経験から遠藤は後二、三度翠をダウンさせれば勝利を得られる事を理解していた。再び鋭い蹴りで迫る。
どすっ!その一撃が翠に決まる。後は倒れるまで打ち続けるだけだ。遠藤がフィニッシュを仕掛る。
ごきっ・・・!!
瞬間、翠の肘が遠藤の側頭部に直撃した。蹴りを受けながらも翠は反撃したのだ。
「何・・・!?」
一瞬相手が惑った隙に、今度は翠が連続攻撃を仕掛けた。堪らず遠藤は倒れる。
『おっとダウン、今度は遠藤選手ダウンです!!』
もはや射程距離に捉えた相手が突然反撃してきたのだ・・・そのショックは大きいだろう。
しかしそこは遠藤も歴戦の手練、すぐに切り替えるとスリーカウントで難無く立ち上がった。
「・・・ちょっと驚いたね。口だけじゃあ無いって訳か。ふっ、じゃあちょいと本気を出そうか・・・!!」
ニヤリと笑うと、突然遠藤はその場で小刻みにジャンプを始めた。
ひゅぅーこー。ひゅぅーこー。
独特の空気音が辺りに響く。遠藤が特殊な呼吸法を始めたのだ。
・・・するとどうだ、彼の身体・・・その筋肉は少しずつ大きくなり、ジャンプの速度もどんどん増していくではないか。
次の瞬間、遠藤は高速で間合いを詰めると先程受けたのと同じ肘打ちを翠に叩き込んだ。翠の体が吹っ飛ぶ。
『ああっーと!今度は翠選手がダウンだぁー!!』
ググッ!!リングサイドからロープを握り締める飛岩の手に力が入る。
(パンプアップ・・・。
あのジャンプで筋肉を躍動させ、呼吸で全身の血流を一気に上げる。そしてそこから来る肉体のパワーアップ・・・すなわちパンプアップが遠藤さんの得意技だ。あくまでファイトスタイルはオーソドックスだが、故に隙が無い。そもそもオーソドックスなんてのはそれで完成されてるって事だ。だからこそ肉体強化で一段階上の力を得る事の旨みが何よりも得られる。・・・そして!)
わなわなと震えながら飛岩は呟いた。
「あの判断力・・・!ほんのわずかでも流れが変わると見るや、すかさず策を打つあの迅速な判断力が何より恐ろしい・・・!完璧だ、やはりあの人は・・・。」
「セブン、エーイト、ナ・・・うっ。」
審判のカウントが止まる、翠が立ち上がったのだ。
『なんと!翠選手立ちました!!あの一撃から立ち上がりました!!』
「ああっ!翠君、もう辞めるんじゃ・・・!!」
会長の悲痛の叫びも何のその、遠藤は容赦無く翠に向かっていった。
「ふっ、別に驚きやしないよ。単ににーちゃんが打たれ強かった・・・それだけだ。驚く暇があるならもっと速く強く打ち込めば良いだけだからな・・・そうらっ!!」
ごっ!!その蹴りは確かに翠に決まる。だが、今度は彼は倒れなかった。
ばきっ!翠の反撃が遠藤の顎を捉える。
「うぐっ・・・このっ・・・!!」
今度は遠藤の反撃が・・・続いて翠が・・・またまた遠藤が・・・
気付けば二人は激しい打ち合いを繰り広げていた。
うわーっ!!
殴り合いこそがファイトの花形、観客の熱気が爆発する。
実況のマイクボイスにも、熱が入る。
『凄い!!凄い打ち合いだ!こうなればもう後は我慢比べか・・・!?』
『綺麗だ・・・。』
実況の激しいテンションとは対照的に、解説のビスマルク今井は小さく呟いた。
『え!?』
『綺麗になってるんです・・・見てくださいあの御影の動きを。あれほど打ち込まれた後だと言うのにその動きは少しずつ軽やかに・・・ほら、だんだん遠藤の攻撃が当たらなくなっていってる。』
解説の言う通り、少しずつ翠の動きは速く、シャープで・・・無駄が無くなり・・・気付けば遠藤の攻撃を全て回避していた。
こうなればもう一方的だ。遠藤は一方的に殴られるばかりになっていた。
「そうか・・・俺は勘違いをしていた。」
するり。ロープを握っていた飛岩の手が滑り落ちる。
(あの翠の実力は遠藤さんより間違いなく劣っていると思っていた・・・だからこそ常に後手に後手、奴には遠藤さんの隙を狙う策を与えようとしたんだ。
・・・しかし違った。奴は実力の底など端から見せていなかった。そして奴自身、自分の力を測りかねていたに違いない。
だが今・・・完成された・・・!遠藤隆起という圧倒的な実力者を相手取る事によって・・・!!強化されたあの人より硬く速く強い・・・あれこそが今の御影翠の真の力なんだ・・・!!)
ずんっ!!!
渾身の一撃をその鼻先に受け、鼻血を垂らしながら遠藤はずるりと崩れ落ちた。
カウントを取るまでもなく、審判は勝者の手を上げた。
『決まった、決着!勝者・・・!!御影翠選手!!』
どわーっ!!
実況の叫びと共に、観客達はこの日一番の歓声を上げた。




