第十五話
満田ファイターズジム。
圧倒的な力を見せつけ勝利した翠は会長の満田から直々に賛辞の言葉を受けていた。
「おめでとう翠君・・・見事な勝利だった。」
「ああ・・・。」
しかしどこか翠の表情は浮かない。当然満田は疑問に思った。
「どうしたのかね?不満を持つような試合展開ではなかったろうに。」
「・・・そいつは俺が説明しましょう。」
会話に割り込むように二人の元に飛岩がやって来た。
「ずばり、そいつが不満を持ったのは相手のランクですよ。なにせ一刻も早くチャンピオンになりたいんだもんな。・・・約束通り次はこの飛岩が相手になろうじゃないか。」
そう言うと飛岩はぐっと翠の肩を掴んだ。
「なんと・・・いや、確かに先日のレベルの相手では全く翠君の敵ではないというのは認めよう。・・・だがこの飛岩君は君とはランキング50以上も差があるのだぞ。」
満田は目を丸くし問い掛けた。しかし、翠の反応は想像の更に上を行くものだった。
「駄目だな・・・。もはやランク70そこらでちんたらしてる暇は無い。・・・会長、アンタの財力ならランク30でも20でも・・・もっと上と試合を組むことだってできるだろう?」
ワールドチャンピオンズファイトでは、選手達は二戦に一度は自分より下位の相手と防衛戦を行う事を義務付けられている。こうする事によって挑戦と防衛のバランスを取り、皆が公平にランクを増減させるようにできているのだ。
しかし、現実は余りにもランクに差がある選手同士の試合が組まれる事は少ない。一気にランクが落ちる事を恐れ、皆自分より多少ランクが低い程度の相手としか試合をしないのだ。故に、高ランクへの道のりは長く険しい。
では、実力に自信がある者が手っ取り早く高ランカーに挑むにはどうすればよいのか?それは相手の選手に多額のファイトマネーを払い試合を申し込む事だ。
本来、選手は試合を行うとランクに応じて運営からファイトマネーを与えられる。それとは別に、挑戦者側から謝礼金代わりにファイトマネーを収める事によって、一気に高ランカーとの試合が成立する事もあるのだ。
最も・・・それは財力に余裕のある金持ちジムだからできる技である。オンボロ野外ジムにいた時は翠には縁のない話だったが、そういう手がある事はなんとなく厳八から聞いていた。
「ふふ、ふっふっふ・・・」
突然、飛岩は陽気に笑い出した。
「何を言い出すかと思えば・・・ついこないだ俺に数秒でのされたのを忘れたのかい?ならもう一度分からせてやる。・・・練習用のリングに上がんな。」
くいくいっと親指でリングを指した。慌てて満田が制止する。
「ま、待ちたまえ二人共。・・・翠君、逸る気待ちは分かるが、もし本当に君にそれだけの力があるなら・・・焦るまでも無く一年程でランキング50位程まで行けるはずじゃ・・・」
「・・・だが・・・」
「ならせめて30刻み程度で上げていかんか?それなら良かろう?」
「・・・。」
翠はなかなか首を縦には振らなかった。
その時だ。
「・・・やれやれ、会長と期待のホープ二人で何を話しているかと思えば・・・」
不意に背後からの声に満田が振り返る。そこには髭の剃り残しが目立つダンディな雰囲気の男がいた。
「・・・!遠藤君・・・!」
「話は聞いてましたよ。・・・良いじゃないですか、わざわざファイトマネーを積むことも無い。この俺が相手になってやりますよ。」
「いやっ、駄目だ遠藤君。君では・・・。」
あーだこーだと話す二人を見ながら、翠は飛岩に尋ねた。
「何だ、あいつは・・・?」
「彼の名は遠藤隆騎、32歳。ランキング12位にして満田ジム最強の男。満田ジム創設期から一線級で戦ってきた・・・いわばエースって所だな。」
語る飛岩の目からも一目置いているという雰囲気が伝わってくる。
ふっ、と遠藤が翠の方を向く。
「どうかな、にーちゃん。君にとっちゃ願ったり叶ったりじゃないかい。」
「・・・当然。やらせてもらおうじゃねえか。」
ニヤリと翠は笑った。一人満田だけが慌てふためく。
「駄目だ、駄目だ・・・そんな試合認める訳には・・・」
ぽん、遠藤は満田の肩を叩いた。
「なあに、心配いりません。この位の子にとっては負けるのも良い経験になるでしょう。それともなにか、この俺が負けるとでも・・・?」
ニィと遠藤は歯を見せると「なあんてね」と呟き自身の練習に戻っていった。もごもごと満田は何かを言いたそうだった。
「違う・・・儂は、儂は・・・」
(・・・君が大切な金の卵である翠君を・・・破壊してしまわないか心配なのじゃ・・・。)
「良いか翠、会長はお前が殺されるんじゃないかと思っているようだが・・・俺からは敢えてエールを送らせてもらう。」
飛岩が翠の両肩をグッと握った。
「こうなった以上勝て・・・!これ程のチャンス、恐らく二度とは巡っては来るまい。勝ってチャンスを掴んで見せろ・・・!この飛岩なら必ずそうする・・・。」
わなわなと飛岩の両手が震えているのがわかる。彼もまた頂点を目指すファイターの一人、その機会を得たのが自分でないのが無念でならないのだろう。
「・・・言われるまでもねえな。」
翠はそっとその手を払い除けた。




