第十四話
ある日の午後、満田ファイターズジム。
「待たせたな、翠君。君の移籍第一戦のカードが組めたぞ。」
トレーニングに励む翠の元に、満田ファイターズジム会長、満田源三郎が近付いてきた。
「・・・ほう。それで、いつ誰とだ?」
ぴたりと練習の手を止め翠は問い掛けた。
「うむ。相手はランキング148位、バトラー永島。日時は一週間後だ。」
「・・・。」
ほんの少し翠の眉間にシワがよる。満田は不思議そうに尋ねた。
「む・・・どうかしたかね?」
「・・・いや。」
「会長、お電話です。」
突然の呼び出しに満田はくるりと背を向けた。
「すまん、とにかくそういう訳だ。一週間後、楽しみにしとるよ。」
そう言うと彼はゆっくりとその場を去っていった。
翠は一人立ち尽くす。
「どうしたい?翠の坊や。不満そうな顔じゃないか。」
不意にかけられた声に翠は顔を上げた。そこにはトレーニングを終え、シャワーを浴びたのか髪を湿らせた飛岩がいた。
にやにやと話を続ける。
「ふふん、当ててやろうか?不満なんだろう、148位という相手が。ははは、良い環境に身を置いてちいとばかし強くなった気なんだろうが・・・それはどうかな?」
「・・・だったら、試してみるか?」
明らかな殺気を飛ばす翠。飛岩は変わらずにやけたままだった。
「良いだろう。次の試合、見事に勝利を収めた暁にはこの飛岩が相手になってやる。ランキングは72位、相手にとって不足はあるまい。」
しかし今度は翠が笑みを浮かべた。
「72か・・・十分とは言い難えな。」
「・・・っ!・・・ふっ、安い挑発には乗らんよ。何にせよ行動で示して貰おうか。来週の試合、せいぜい楽しみにしとくよ。」
そう言うと飛岩は相変わらずのにやけ顔で去っていった。
そして一週間後・・・。
『試合終了!!勝ったのは波風選手だーっ!!』
わー、わー、いつもよりは多い声援の中、轟はリングを降りた。厳八が声を掛ける。
「やったな、轟よ。見ろよ、お客さんもみんなお前を応援に来てやがる。」
「・・・よせよ、こいつらが見に来てるのは俺じゃねえ、この後の試合さ。・・・見せて貰おうじゃねえか、どこぞのセレブジジイの元で翠がどれだけ強くなったのかをな。」
じっ、轟はそのまま客席に移動しながら選手入場口に目をやった。
『さあ、続いての試合はどちらも今大躍進中のホープ・・・ランキング148位、バトラー永島選手対ランキング174位、御影翠選手だーっ!!』
わーっ!!およそランキング150位前後の二人の試合とは思えぬ盛り上がりの中、選手達は入場して来た。
静かに手を上げる翠とは対照的にバトラー永島はくるくる回って大きく手を振り派手に登場した。
「ひゅー!元気かみんな!!今日もこのバトラーの宴を瞬きせずに見ていってくれよな!!!」
わー!わー!いいぞ永島!!
観客達が熱い声援を送る。
『解説の今井さん、永島選手はすごい人気ですね。かつてこのランク帯でこれほど客席を湧かせた選手がいたでしょうか?』
解説のビスマルク今井は腕を組み答えた。
『デビュー以来ここまで12戦無敗、それも全ての試合を一撃で決めてきてるというのですから皆の注目を引くのも無理もないかも知れませんね。対する御影は何でもあの絢爛で知られる満田ジムに移籍したばかりだとか。・・・まあ金ばかり掛けたからなんだという話ですがね。』
バトラーにばかり注目する客達とは裏腹に、当然轟と厳八の視線は翠に注がれる。
「見ろよオッサン、来やがったぜ・・・なんだ翠の野郎、前よりでかくなってねえか・・・?」
「うむ、前より体がしまっておるのだろう。それで些か大きくなったように感じるのじゃ。・・・たかだか一ヶ月足らずだというのにあの変わりよう・・・流石は満田ジムと言った所か。」
ごくりと息を呑む厳八。轟もただじっと翠を見た。
(さあ、見せてみろ。変わったのが見てくれだけじゃねえってとこをな・・・。)
カアアン!試合開始の鐘が鳴る。
「ふふふ、それじゃあボーイ・・・早速私の舞を受けてみな!!」
瞬間、バトラーの体が跳ぶ。くるくると翠を飛び越えロープの上に乗ると、更に高く跳躍し背後からかかと落としを仕掛けた。
ごっ・・・!!
バトラーの足が翠の頭上で静止する。
『ああーっと!永島選手天高くからのかかと落とし、これは決まったかー!?・・・いや、止めています!御影選手既のところで攻撃を止めました。』
バトラーの足首は翠の手によってしっかり握り締められていた。
ふわり、翠は表情を変えずあっさりその手を離した。バトラーは不敵に笑う。
「・・・!今のを止めるとはなかなかやるではないか!・・・だが折角掴んだ足ををみすみす離してしまうとは・・・今のが私に攻撃する最後のチャンスだ!次は・・・え?」
バトラーが次の攻撃を仕掛けようとするより早く、翠が拳を構え懐に潜り込んだ。
「・・・奇遇だな、お前の攻撃のチャンスも今ので最後だぜ。」
ずんっ!!真っ直ぐ繰り出された突きがバトラーの腹を突き破らんばかりに刺さる。
「おあっ!!あ、ああ・・・!」
小さく悲鳴をあげると、バトラーはそのままヨロヨロと倒れてしまった。審判が駆け寄る。
「ダウンだ!離れて!!ワン、ツー・・・」
しかし、審判は突然青ざめカウントを辞めた。
「ドクター!早く!!」
白目を剥き失神するバトラーの様子にすぐさま医者を呼んだのだ。
しーん・・・。会場は一瞬の静寂に包まれた。
『・・・き、決まりました!!ラウンド一、僅か二十二秒・・・勝者は御影翠選手!!!』
実況の宣言を聞き、初めて皆は状況を理解した。
わーっ!!すげーっ!!うおー!!
ついさっきまで応援していた選手の事など何のやら、客達は新たな強者へ大喝采を送った。
『凄い試合でしたね、今井さん。まさか永島選手が逆に一撃でやられてしまうとは。』
『ええ、彼は伸びますよ。これからきっと・・・』
実況達の声も届かぬ程会場は未だ熱に包まれていた。
そんな中、轟は静かに立ち上がった。
「おい、轟・・・どこへ・・・?」
厳八が顔を上げ問う。
「決まってんじゃねえか・・・これで奴はランキング148位、となりゃあ俺もとっととランキング130位でも100位でも挑んでかなきゃな。こうしちゃいられねえ。」
そう言うと轟はその場を後にした。
(へっ、やるじゃねえか・・・待ってな翠、すぐにでもまた追い抜いてやるぜ。)
決意を胸に、轟はニヤリとした。何だかんだ言いつつも翠のパワーアップが喜ばしくもあった。




