第十一話
満田源三郎に連れられ、翠は満田ファイターズジムを訪れていた。
外観は最上階の見えない超高層ビル、中に入れば高級ホテルのような豪華な作り。
早くも翠は圧倒されていた。
「主に選手のトレーニング場所は12階から20階じゃな。それより上は選手の宿泊場所となっておる。・・・さて、着いたぞ。」
満田の各階層の解説が終わるか終わらないかの内に、エレベーターは12階層へ到達した。
瞬間、翠は目を見張る光景に息を飲んだ。
およそ体育館程もある大広間に所狭しと散りばめられた・・・見たことの無いトレーニング器具。
これまで手作りのオンボロ器具や公園の設備を利用してのトレーニングしかした事の無い翠には、その利用方法すら分からない程だ。
そしてその一つ一つで、屈強な男達が汗を流している。
・・・どのくらいの間だろうか、目を奪われ硬直していた翠に満田が話しかけた。
「ホッホッホ・・・関心を持ってくれたようだの。どれもこれも最新の器具ばかりじゃ。それに加えて超一流のトレーナーやドクターが一人一人のコンディションに見合ったトレーニングを組んでくれる。正に世界でも最高峰のジムであると胸を張って言えるだろう。・・・どうかな?ウチで己を精進させる気になったかの?」
ファイターなら・・・これ程の設備を前にして胸を踊らせぬ者などおるまい。そしてそれは翠とて例外では無かった。プライドなど捨て去り、目の前の楽園へ飛び出してしまいたい。
「・・・。」
翠が惑っているのを察した満田は、更にダメ押しをした。
「無論、これだけのファイターを抱えているとな、どうしても最新の器具や効果の高い器具は取り合いになる。そこでこのジムでは実力でランク分けして設備の優先度を定めておる。・・・本来ランキング170位程だとBランクに定められるのだが・・・君にはいきなり最高位のSランクパスを渡そう。好きな設備を独占できるぞ。」
これでもかと好条件を突き付ける満田に、ついに翠は口を開いた。
「一つだけ・・・一つだけいいか。」
「ほう、何かね?」
「もしも俺がチャンピオンになった暁には・・・轟と・・・厳八のオヤジをトレーナーとしてこのジムに招く事を許可しろ。」
翠は真剣な口調で言ったが、満田はそんな事かと言わんばかりの表情だった。
「・・・うむ、構わんとも。恥ずかしながらこれだけの物を用意しておいてウチにはランク10越えのトップランカーがいなくてね。・・・何でも良い、もし君がチャンピオンになるような事があればどんなわがままも許そうではないか。」
「・・・そうか、ならこれで決まりだ。これから・・・よろしく頼む。」
翠が握手の手をそっと差し出す。それを固く握り締めると、満田は満足そうににんまりと笑い何度も翠の肩を叩いた。
(待っていろオヤジ・・・そして轟・・・!必ずや俺はチャンピオンになってお前らにもこの設備をモノにさせてやる・・・!)
密かに翠の炎が燃え上がった。
・・・翠が満田ファイターズジムの設備に目を見張っていた頃、飛岩に倒された轟は目を覚まし憤怒を撒き散らしていた。
「ふざけんじゃねえよオッサン!それじゃあ本当に翠の奴はあのロン毛野郎の誘いに乗ってどこぞのセレブジムに行ったってのか!?」
「ああ、間違いねえ。あの後そこの会長さんが来て翠を車に乗せて行った。・・・轟、わしはな・・・何も今回の誘いが悪い事ではないんじゃないかと考えておる。そりゃあできる事ならお前にも最新の設備で腕を磨いてほしいしな。そう考えると誘いに乗った翠は賢かったのかもしれん・・・」
厳八が遠い目をしながら言う。轟は更に怒り狂った。
「馬鹿言うんじゃねえ、あの翠がそんな安い誘いに乗るわきゃねえよ。だって俺達は三人でてっぺんを目指すって誓ったじゃねえか。・・・はっ、何か考えがあるんだな。アイツはあれで頭が切れるからよ。・・・そうだ、何かが・・・。」
口調こそ荒かったが、厳八はその裏にある轟の寂しさを感じ取っていた。
「轟・・・。」
一瞬轟の瞳が潤んだように見えた。
次の瞬間、彼はぷいっとそっぽを向いた。
「さてと、そんじゃあ練習しねえとな。・・・なあに、心配しなくたって翠の野郎はケロッと帰ってきやがるって。そんな事よりあのロン毛野郎にリベンジする事だけ考えねえとな。オッサン、頼むぜ。何か強烈な必殺技でも何でも、俺に授けてくれよな。」
振り返った轟の顔にはいつもの不敵な笑みが浮かんでいた。
厳八は何も答えず、ただじっと彼を見つめていた。




