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『詩集2 私の説明書・夏のこと』 / 常紫衣

『私の説明書』


 【自己紹介】


親しみやすい人になる為

偽らなければならない


こんな所にまで嘘を吐いて

何が私だと言うのか


(でもそれを信じるでしょう?)


私じゃない私を紹介します

そいつと仲良くやって下さい


 【熱】


平均体温が低いもので

ちょっとした事がしんどい

36.9℃ これは熱

君の微熱は私の熱

35.6℃ これは平熱

君の寒気は私の適温


 【私になる】


私の幸せを語れば

寂しい事だと言われた

私の希望を語れば

他の選択肢を出された


もうあなたを

傷付けてしまうとは

思わない事にします


そろそろ自分を生きなくては

あなたに私を乗っ取られそうだ

まだあなたは

この住み良い私の中に

テントを張ろうとするけれど

いつか追い出してやりますから


私は私になるのです


 【根暗の夜明け前】


自分を信じる事に

怯えなくて済む日が

きっと来いよな


他人は私の文句を言って

私は他人の文句を言って

世の中見渡せば

文句しか落ちていない


夜が明けますよ

嫌ですね

私の中身が見透かされてしまう

さあ今が一番暗い時


 【苛立ち】


苛立つ

子供の頃の記憶

他人の視線

薄っぺらな友情

あの人の電話口の声


それでも

扉を静かに閉められる人でありたい

物を優しく置ける人でありたい

口調が穏やかな人でありたい

平然と笑っていられるひとでありたい


ありたいものだ


 【生き方】


前世の私が

来世は頑張る

とか勝手に言っていたなら

どうしよう

どうしようもないな

今世は諦めてもらって

また来世の私に

託すしかないな


『夏のこと』


 【海に行かなかった日】


空は相変わらず群青色で

僕らを見下ろしていた


僕はルーモス信号で

陸の上から遭難信号を

送り続ける夢を見た


カモメの鳴き声が

誰かの泣き声に似ていた


波はひとりでに寄せては返し

砂浜に残された誰かの愛を

消し去った


(奪い去った)


僕は海に行かなかった

海に消し去られて溺れる

いくつもの愛を見たくなかったから


 【自由研究】


突き落としてほしい


私が落ちる事で

あの透明な海が

どれほど濁ってしまうのか

知りたいのです


いなくなった女の子の

夏休みの自由研究

提出期限はとうに過ぎた


私の濁りが消えたなら

浮かんであげます


  【夏に】


珊瑚は、海に帰りたいのだと思って。


 【そんないつもの夏でした】


標的、日傘の下の立てこもり犯

紫外線と視線を跳ね返している


暑さに殺された人は

裁判で勝てやしない


海で遭難信号が上がる

僕は日々遭難している


夕暮れ、蝉の聲に

ぼんやりと涙した


朦朧とした空気の中

アイスが溶けていく


さようならを言った無人の駅に

朝顔の蔓と僕の記憶が蔓延って


ちりん

目を覚ませ


 【金魚掬い】


近所の出目金が箆棒に大きく育っていた事を覚えている

黒い巨体を動かして空洞に近い双眸を

私に寄せて来る


出目金の飼い主は

それを掬ってきた子供ではなく

その祖父だった

老人は私にだけ聞こえる声で呟いた

「他のは、皆、死んだ」


鱗が生える映像が脳裏を過る

その寒気が身体中を駆け巡る

一目散に逃げた


彼奴は仲間が死んだ時も

一滴の涙も流さずに

今と同じ空っぽの目玉で泳いだだけだろう

そして今も

のうのうと生きる事を許されている


私は水槽の外に打ち捨てられた惨めな金魚だ成す術もなく死を待つのみの弱者だ

ただ時折思い出す

酸素を奪い取られた苦しみを

何食わぬ顔で悠々と育った出目金の両の目を

その屈辱を糧に

放り出された所でのたうち回って生きている


夏は屋台の出目金に

「救ってやるか」と囁いてみる


 【打ち上げ花火】


消えゆく打ち上げ花火の光を頼りに

夏の夜から逃げようか

短夜のくせして

闇に一人取り残されて

夜明けが来ない


幼い頃は煌めいて見えた

しだれ柳も昇竜も

今や風前の灯火


さよなら

はい、さよなら


花火が散ってしまう前に

有限の光が照らしているうちに

独りぼっちの夏の夜から

逃げ延びられるだろうか




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